研究課題
本研究の目的は、中高年期の職業歴が高齢期の認知機能へ及ぼす長期的な影響力について、職務上の認知的負荷の高さとストレス経験による2つのメカニズムから明らかにすることである。近年、認知的負荷の高い活動が高齢期の認知機能の低下を抑制することが示唆されている。職業においても、認知的負荷の高い仕事に就いていた人は高齢期の認知機能が高いことが報告されている。しかし、認知的負荷の高い仕事はストレスを生じさせやすい特性も備えており、ストレス反応の繰り返しによって脳の神経変性が起こり、認知機能が低下するプロセスも考えられる。これらを踏まえ三つの研究を行った。一つ目は、最長職における仕事の複雑性が高齢期の記憶機能および推論機能と関連するか、69歳から72歳の地域高齢者824名のデータを用いて検討した。その結果、関連要因を統制した上でもヒト領域の複雑性が高いほど記憶課題の成績が高く、データ領域の複雑性が高いほど推論課題の成績が高いことが示された。さらに、推論課題ではデータ領域の複雑性と性別の交互作用効果がみられ、男性は女性より仕事の影響を受けやすいことが示された(石岡他、印刷中)。二つ目は、このような仕事の複雑性と認知機能の関係が超高齢期においてもみられるか、69歳から92歳の地域高齢者1689名のデータを用いて検討した。男女別に分析した結果、男性では、70歳群と80歳群ではデータ領域の複雑性と認知機能の関係が示されたが、90歳群では最長職を退職してからの期間が長い人ほど認知機能が高いことが示された(Ishioka et al., 2014)。三つ目は、職業性ストレスがライフステージを超えて影響するか検討するために、中高年期の職業性ストレスを評価する方法を確立することを目的とした質問紙調査を実施した。先行研究のレビューを行い、長い職業経験の中で何歳ごろにどの程度ストレス反応があったのか網羅的に評価する19の項目を作成した。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、職務上の認知的負荷の高さとストレス経験の両側面を評価し、2つのメカニズムから高齢期の認知機能に及ぼす職業歴の影響を明らかにすることを目的としている。ストレス経験に関する研究では、先行研究のレビューを行い質問項目を作成した。調査を行いデータの収集は完了したものの、計画していたデータクリーニングには至っていない。先行研究の問題点を整理するため、日本における職業性ストレス研究についてレビューを行った。そして、理論モデルとして、NIOSH職業性ストレスモデル(Hurrell & McLaney, 1988; 原谷他, 1993)、仕事の要求度・コントロールモデル(Karasek et al., 1979 ;1990)、努力-報酬不均衡モデル(Siegrist et al., 1990; Siegrist, 1996)の内容を網羅する質問項目を作成した。具体的には、①負担(身体活動、精神活動、速度、全般的)、②勤務形態(時間外労働、深夜勤務、特殊条件)、③コントロール(裁量権、能力開発、仕事内容の多様性)、④報酬(心理的報酬、経済的報酬、仕事の安定性)の4つの上位概念と13の下位概念に整理し、19項目を設定した。認知的負荷の高さに関する研究では、研究成果を国内の学会で発表し、学会誌の原著論文として受理された。そして、国内外のシンポジウムで発表を行った。国内では、「認知機能は自然に衰えるのか:中高年期の生活環境と高齢者の認知機能」と題したシンポジウムを企画し、中高年期の生活環境や認知機能の測定方法などについて議論した。国外のシンポジウムでは成果を発表し、職業経験を評価する指標の意義と限界について質疑を受けた。これらの議論は、今後、2つのメカニズムを同時に分析した結果を解釈する上で有益となるだろう。以上より、この一年の全体の状況は、概ね期待した通りに進行していると考える。
今後の本研究課題の方策は、まず質問紙調査によって収集したデータのクリーニングおよび分析を行い、中高年期の職業性ストレスを評価する方法を確立させることである。先行研究を参照して作成した19項目について項目レベルで度数や関連を検討する。尺度としての信頼性と妥当性を検証し、適切な項目を抽出した尺度を作成する。そして、職業性ストレスと認知機能との関連を分析する。加えて、認知的負荷の高さに関する研究で示された通り、性別や年齢群による違いが職業性ストレスと認知機能との関連でも示されるか分析を行う。さらに、本研究の最大の目的である、職務上の認知的負荷の高さとストレス経験による2つのメカニズムから中高年期の職業歴が高齢期の認知機能へ及ぼすか検討する。本結果によって、ストレス経験によるネガティブな影響が示されれば、高齢期の認知機能に良い影響を及ぼすのは認知的負荷の高い生活環境だけではないことが明らかとなり、生活環境と高齢期の認知機能との関係がより正確に示されると期待される。成果の公表は、国内外の学会においてポスター発表を行い、議論を経た上で論文執筆を予定している。
ワシントンDCで開催された国際学会への旅費が計上額より大きくなり、購入を予定していたパソコンの購入を次年度に変更にしたため次年度の物品費の使用額が生じた。
予定通りパソコンを購入する。
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心理学研究
巻: 86 ページ: 219-229
doi.org/10.4992/jjpsy.86.14007
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