本年度は,最終年次として3つの研究をおこなった。研究1は,幼稚園児を対象として一斉歌唱中における個別実態を検討した。数値スケールではなく,文字記録によって実態を詳細に記録した。取り上げた4つの事例は,いずれも大人の歌い方とは異なる幼児独自の歌い方を端的に示していた。このような歌い方を特徴づけるのは「幼児の歌唱能力が大人よりも低い」というだけでは片付けられない「幼児独自の世界」を示すものと考えられる。幼児の持つ豊かな歌の世界を明らかにするには,従来のような量的な検討だけに固執せずに,質的に検討することも重要であるとまとめた。研究2は,歌唱活動における幼児の歌声が変化した状況に着目して,その原因について検討した。抽出した対象児の歌声は1回目のクラス歌唱よりも2回目のグループ歌唱で変化した。その原因として3点を考察した。第1は歌唱意欲の高まり,第2は意欲的な仲間の歌声,第3は教師と友だちのあたたかな雰囲気である。従来,幼児の歌声は固定的なものではなく,教育の可能性があると指摘され,様々な研究がおこなわれてきた。本研究はこれまであまり検討されていない動機づけの点からの研究と言える。研究3は,幼稚園4歳児クラスを対象として,「絵本を用いた新曲導入」の実際について検討した。保育者は,絵本の読み聞かせと歌の活動の重なりを意図的に作ることで,活動間の移行をおこなっていた。また活動中は,幼児の歌声に対して具体的な評価・感想を投げかけていただけではなく,歌声の変化に応じて言葉がけを変えていた。これにより,幼児の歌声が次第に引き出されていった。これらの結果は,新曲導入の先行研究では指摘されていないことであり,新たな知見をもたらしたと言える。
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