研究期間を通じて、他教科において求められる論理的な思考・判断とは異なる、音楽的な感性に基づく思考・判断・表現の力の育成について研究を進めた。 本研究の主な成果は、次の3点にまとめられる。1点目は、ドイツの音楽教育論の検討を通して、音楽的な感性に基づく音楽作品の理解過程が音楽作品と人の対話のプロセスであり、それゆえ本質的に自己理解、他者理解、世界理解を通して螺旋的に上昇する価値判断の深まりのプロセスであること、またそれが音楽教育の領域を越えた価値観の深まりと自己形成をもたらす対話的なビルドゥングを意味することを明らかにしたことである。2点目は、1点目の研究成果に基づき、学校教育現場の教師とともに、自己内対話をもたらす音楽鑑賞の授業を開発したことである。3点目は、音楽的な感性に基づく思考・判断・表現のプロセスを明らかにするために演奏家へのインタビューおよび演奏シミュレーション調査を行い、音楽演奏における表現追求プロセスについて明らかにしたことである。研究最終年度においては、この調査データの分析、考察を行った。その結果、音楽表現追求のプロセスは、①音楽的な感性に基づいて思考・判断するための基盤となる、楽曲の概要の把握と身体知の獲得の段階、および②音イメージとその音を出すための技術(身体知)が連動して想起されることによって進められる、演奏者自身の「納得する」ところを追求する段階からなっていた。このプロセスの特徴は、知的論理的な判断のプロセスとは対照的に、身体知と結びついた音楽的感性による理解と判断、およびその判断の総合性、可変性、複雑性(単一的因果関係に依らないこと)にあった。
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