本研究は、エマニュエル・レヴィナスの他者論に代表されるような倫理性に重きを置く目標論の展開と、そうしたコミュニケーション観に基づくカリキュラムの構築を、保幼小中校種間の連携の内に構想し、それぞれの学校種において実践的に検証することを目的とするものである。研究の過程においては、現代思想や哲学における理論知を実践知へと変換する中で、理論面における新たな知見を見出すだけでなく、各学校種で蓄積された実践知を、これらの理論知によって新たに顕現化させることを企図した。「話すこと・聞くこと」の教育においては、従来、技能面、さらには論理的思考力を育成するための素地と位置づけられてきた倫理性こそを主軸とするカリキュラムの開発を目指した。 最終年度である本年度においては、実践研究において得られた知見に基づき、再度、理論面における目標論の強化のために、論文化の作業を行った。特に、本年度改定された「小・中学校学習指導要領」に対し、昨今の理論研究の動向を見据えた上で、今後のコミュニケーション教育のあり方について、「能動的な聞き手」像に対する「受動的な聞き手」像の内実を現代思想や哲学に基づいて考察した。 自己と他者の対等性・相互性を超えた「聞くこと」の教育を考察することによって、自律的・自発的とは「別の仕方で」特徴づけられる主体のあり様や、より厳格に根源的な倫理的関係を論じることが可能となる。本研究では、マイノリティやサバルタンといった社会的弱者をマジョリティのうちに還元することなく、人々が共生していくための教育のあり様を示した。そのための思想的背景として、レヴィナスの「他者」論やハンナ・アレントの「囚人のコンパッション」を巡る議論の意義と必然性を明らかにした。
|