研究課題/領域番号 |
26800196
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研究機関 | 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 |
研究代表者 |
岡部 博孝 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構, 物質構造科学研究所, 特別助教 (20406838)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | スピン軌道相互作用 / モット絶縁体 / 超伝導 / フラストレーション / μSR |
研究実績の概要 |
本研究の目的は電子スピンと軌道の結合による自由度、すなわち多極子自由度がもたらす異方的超伝導および新奇量子現象を開拓することである。 Ba2IrO4はRuddlesden-Popper型層状イリジウム酸化物の一つであり、合成角運動量J(スピン+軌道各運動量)= 1/2モット絶縁体と呼ばれている。Ba2IrO4は銅酸化物高温超伝導体の母物質とよく似た電子状態を持つため、新しい高温超伝導(異方的超伝導)の母物質になることが期待されている。 前年度までの研究により、本物質は銅酸化物超伝導体とは左右が反転した電子―ホールドーピング非対称性を持つことが判明した。しかしながら、各相(伝導キャリアが電子またはホール)の電子状態については、十分な研究が行われていない。そこで我々は、ミュオン・スピン回転緩和法(μSR法)を用いて、各相における局所磁気状態を解析した。これにより、ホールドープ領域では母物質とよく似た磁気状態が存在していること、電子ドープ領域では直ちに長距離磁気秩序が抑制され、短距離的な反強磁性相関が支配的になることが判明した。これは、類似物質Sr2IrO4における理論予測「電子ドーピングによる異方的超伝導化」と一致する傾向であり、今後のJ = 1/2モット絶縁体の超伝導化研究に弾みをつけると予想される。 新奇量子現象開拓の一環として、鎖状コバルト酸化物β’-LiCoPO4の研究に着手した。本物質は、電池材料として良く知られたオリビン型LiCoPO4を高温高圧処理することで合成された新物質であり、コバルト一次元鎖が三角格子を組んでいることから、磁気フラストレーションも絡んだ新奇物性の出現が期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成26年度の研究目標は、(1)Ba2IrO4:高濃度電子ドーピングによる超伝導化、および、(2)YbB2C2:単結晶の作成と物性評価の2つである。 いずれのテーマにおいても、本年度は試料合成を中心とした研究を行う予定であったが、研究代表者(岡部)の所属変更(物質・材料研究機構→高エネルギー加速器研究機構)により、研究計画の一部見直しを余儀なくされた。 (1)については、K+によるホールドープおよびLa3+による電子ドープを施したBa2IrO4に対してμSR法を用いた局所磁場解析を行い、J = 1/2モット絶縁体の超伝導化に向けての指針を探索した。特に電子ドープ領域で見られた反強磁性揺らぎの強い、短距離磁気秩序相の出現は、超伝導化の前兆の可能性とも考えられるため、今後さらに高濃度の電子ドーピング試料の実現が期待される。 (2)YbB2C2に関する研究計画については、実験環境の変化を鑑みて一時中断とし、翌年度に予定していた関連物質の合成および物性評価を前倒して行うことにした。具体的にはBa2IrO4と同構造のRuddlesden-Popper型酸化物の頂点酸素を塩素に置換し、より2次元性を強めた化合物群(化学式:A2MO2Cl2、Aはアルカリ土類、Mは遷移金属元素)および、擬一次元的な結晶構造を有するコバルト酸化物β’-LiCoPO4を研究対象とした。特に後者においては、非常に珍しい磁気一次相転移が発見され、多極子自由度(コバルトの軌道各運動量の凍結は一部解除されている)と磁気フラストレーションがもたらした新奇量子現象であることが期待されている。 以上の結果より、26年度の研究計画に若干の変更はあったが、おおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
本年度も研究計画の一部を変更し、(1)β’-LiCoPO4および関連物質の物性解明、および(2)Ruddlesden-Popper型遷移金属酸化塩化物の磁気物性測定を推進する予定である。 (1)β’-LiCoPO4のゼロ磁場中におけるμSR実験(予備測定)はすでに完了している。今年度はゼロ磁場中のデータ解析、およびカナダTRIUMF研究所において高磁場中のμSR実験を行う予定である。また、J-PARCにおいて引き続きμSR実験および粉末中性子実験(磁場中)も行う予定である。 (2)Ba2IrO4の高濃度電子ドーピングを実現する技術開発の一環として、化学式:A2MO2Cl2(Aはアルカリ土類、Mは遷移金属元素)で表される層状酸化塩化物の研究を行う。これら物質群では、A2MO4型酸化物の頂点酸素(O2-)が塩素(Cl-)に置換されているため、高濃度の電子ドーピングが施された系とみなすことができる。本年度は、存在が確認されている物質(例:Sr2MO2Cl2, M = Mn, Co, Ni)を対象として、μSR実験(スイスPSI研究所)を中心とした磁気物性研究を行う予定である。 上記の研究課題は、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所、J-PARCを始め、北海道大学、物質・材料研究機構と共同で行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究代表者の所属変更(物質・材料研究機構→高エネルギー加速器研究機構)に伴って機器設置場所を新たに確保する必要が生じたため、購入を次年度に延期することになった。
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次年度使用額の使用計画 |
グローブボックスについては、貴金属製高圧カプセル(100組)の購入に変更した。顕微鏡については設置場所の目処がついたため、今年度初頭に購入する予定である。
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