ごく最近、Harbard大のM. Greiner実験グループによって、正方光格子中の極低温Fermi原子気体を用いた反強磁性長距離秩序の量子シミュレーションが行われた。これまでFermi原子気体系は、その冷却の難しさから光格子中での極低温領域の実験は非常に限られていた。Greinerらは系をエントロピーのリザーバーと中心系に分離することで、スピン交換エネルギーのスケールを下回る極低温を実現した。本実験の成功により、光格子中の冷却原子気体を用いた固体物理の量子シミュレーション研究は新たな段階に進んだと言える。 そこで我々は次なる段階として、より非自明なフラストレート磁性の量子シミュレーションを提案した。具体的には、三角光格子中に充填されたコヒーレントに結合した2成分Fermi原子混合気体の系を想定した。磁性が重要となる強結合極限における量子物性と熱揺らぎ効果を「サイズ外挿を伴う数値クラスター平均場法(CMF+S)」および古典モンテカルロ法を用いてそれぞれ解析した。その結果、この系が揺らぎによる秩序化による様々な量子相転移現象や、部分的な秩序の回復を伴う2段階の熱的相転移といった興味深い物性を示すことを明らかにした。さらに、その系の秩序転移温度はGreinerグループの達成温度と同じオーダーであり、現実的に量子シミュレーションが可能であることを示した。 三角格子反強磁性体はフラストレート系の最も典型的な模型であり、その量子シミュレーションの達成は冷却原子系のシミュレータとしての実力を問う試金石となる。我々の理論的な成果は今後の実験に対する道筋を示したという点で大きな意義を持つ。
|