研究課題/領域番号 |
26800205
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
橋爪 洋一郎 東京理科大学, 理学部, 助教 (50711610)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 相図 / リーマン幾何学 / 密度行列 |
研究実績の概要 |
本申請課題では,系の物理的性質を特徴づける密度行列を幾何学的に取り扱うことで,平衡系を中心とした統計力学への一般的な応用を確立し,相図などのもつ大域的な性質を明らかにすることを目的とした研究課題である.平衡系の統計力学は,ボルツマン・ギブズのカノニカル分布に基づいた議論が確立されていて,その適用によってさまざまな多体系の解析が可能になっている.しかし,このカノニカル分布に基づいた議論からは,状態がどのように振る舞うのかについては理解できるが,ほかの状態とどのような関係にあるのかを明示的に示すことはない.また,技術的にも,分配関数の計算が一般には困難であり,何らかの近似的手法を用いることが多い.これらの欠点を補うことができれば,統計力学に対する新しいアプローチの仕方の一つとして有効である.本課題では,そのような課題に向けて,幾何学の視点から,系の状態を理解し,多体系のふるまいを描くことを目指している. 幾何学の導入については,既に存在する情報統計力学の手法を参照し,密度行列に基づいたフォンノイマンエントロピーを利用している.フォンノイマンエントロピーは,ボルツマンのH関数(の符号を反転したもの)に相当している.これは熱力学的な期待値(熱平均)をとって初めてエントロピーとしてのふるまいを見せるが,熱平均をとる前に方向微分を行い,その後に熱平均をとることで計量テンソルとして利用することができる.この計量テンソルによって表現される統計力学についての先行研究は多いが,我々はこのように導入されたリーマン空間そのものが,熱力学的な状態の違いを明確に反映した空間であることを示すことに成功した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度(平成26年度)は相転移現象に着目して,統計力学的関数のふるまいと幾何学量の関係を明らかにすることを目指した.その結果,非平衡系の議論や,量子アニーリングと呼ばれる量子計算の一種を用いたスケール因子を得る方法について明らかにした.しかし幾何学量がどのような物理量を表しているのかが明らかにはなっておらず,幾何学的なアプローチに向けた手法の開発が主であった.これらの結果を踏まえて,平成27年度には相図におけるある状態と別の状態との間の距離を,リーマン距離として理解できることを示した.本来,相図は温度や圧力などの熱力学的条件に応じてどのような状態をとるのかを表すもので,それぞれの状態には意味があるが,状態と状態の位置関係には意味を持たないものである.我々の研究によって,適切な幾何学を採用することで状態と状態の関連性が明らかになり,今後,具体的に物性物理の解析に利用する際にも有効であることが期待できる.この結果は平成28年度に論文や学会で内外に発表していく予定である.
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今後の研究の推進方策 |
これまでに,フォンノイマンエントロピーに基づいた計量テンソルによって導入されたリーマン空間は,系の熱力学的状態の有効的な距離を表していることが明確になった.平成28年度には,当初の予定通り,実際の系に応用することを視野に入れ,さらには非平衡系なども対象にした展開を進める.具体的には,第1に,現時点でかなりはっきりとわかってきている相図上の解析を進めて,熱サイクルの検討を行う.熱サイクル(あるいはエンジン)の効率が幾何学的にどのように書かれるかを知ることができれば,本研究の成果を用いて,どのように状態を制御すればよいのかがわかり,より高効率で働く系を設計できると期待できる.特にカルノーサイクルなどのように,応用上も極めて重要である熱サイクルを始めとして,特徴を探索する.第2に,非平衡過程あるいは緩和の問題を取り上げる.もちろん,非平衡緩和の問題はいわゆる「時間の矢」の問題に関連しているが,ここでは緩和がなぜ起こるかについては言及しない.むしろ,緩和過程が幾何学的にどのように表現できるかについて検討する.これは,緩和過程が,ある状態から別の状態へと移り変わる過程であることを考えれば,幾何学的に距離が近づくという描像を描くことができるはずである.このテーマの大きな課題点は,緩和の仕方(例えば高温から低温に温度が下がる,という過程でもどのような冷却方法かによって状態の変化の仕方は異なるだろう)によって距離の縮まり方が任意に取れてしまう可能性があり,最も単純な緩和過程とは何か,をある程度定性的に限定しておかなくてはならない点である.そこで,測地線などのように幾何学量からの制限を加えることで,適切な過程を発見できると期待できる.
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次年度使用額が生じた理由 |
統計力学に幾何学を導入する手段は,リーマン幾何学の基本量である計量テンソルを,統計力学の基本的分布である密度行列と関連付けることである.しかし,このように導入された計量テンソルによって特徴づけられるリーマン空間が,どのような物理的現象と対応しているのかについては,全く明らかにされておらず,幾何学と現象の乖離が著しい.本研究課題では,まずこの問題を解決した.しかし,この解決は,当初の見込みより難しく,具体的な系の設定などにおいて決して容易ではなかった.その結果,具体的な系を対象にした数値計算などを実施するための計算機の導入が遅れ,次年度に数値計算による検証過程をずらすことにした.この計画変更の原因となった対応問題の解決は,当初この解決から得られるであろうと期待していた描像とは異なり,本研究を大きく飛躍させるものであった.結果的に研究の遅れとはならず,研究段階の順序を変更するものとなった.
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次年度使用額の使用計画 |
本研究課題において,数値計算による検証が実施できるようになったため,次年度の早い段階で計算機を導入する.計算機の性能上複数台の並列利用が必要になるため,100万円前後の予算が必要になる.また,次年度は統計力学の大規模な国際会議STATPHYS26が開催され,そこでの成果発表は本研究課題において重要なものであると位置づけている.そのための参加費や旅費に科研費補助金を利用する.これらを合わせ,次年度の予算と合わせて使用する計画である.
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