本研究では系の密度行列の持つ幾何学的な側面に注目して,平衡系を中心とした統計力学への一般的な応用を確立し,相図などのグローバルな幾何学的性質を明らかにすることを目的としてきた.これは,平衡系の統計力学において状態の取り扱いが非常に複雑であるために,分配関数からだけではわからない「状態の変化」を直接取り扱うことのできる表現の模索であり,その基礎についての研究を行ってきた. 本年度は,統計力学的関数と幾何学的な量との関係を明らかにし,特に,フィッシャー計量によって導入された幾何学的な「距離」がどのような物理量であるのかを具体的な系を用いて明らかにした.さらに,非平衡系への拡張も視野に入れることができた. 前年度までに,幾何学の導入についてはほぼ確立できており,エントロピー演算子の方向微分に対する熱力学的期待値によって定義される計量テンソルによって規定されるリーマン幾何学と対応する. この計量テンソルが規定する微分可能多様体は,平衡系における相図に相当し,この多様体を相図と比較することによって相図中での準静的状態変化を「距離」としてとらえることができるようになった. 今年度は,この「距離」の意味をより正確にとらえなおすことから始めた.中規模の計算機を導入し,数値的に相図との対応関係を調べ,国際会議StatPhysでの発表を行った.さらに,非平衡系への拡張も行い,振動外場に対する誘電応答を幾何学的視点からとらえることに成功した.このときも,平衡系で見られたような「状態の変化の仕方」を動的に表現することができることが分かった.この結果は,国際会議MRSのサテライト会議MRS-Jで発表した.
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