研究課題/領域番号 |
26800207
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
柳尾 朋洋 早稲田大学, 理工学術院, 准教授 (40444450)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 多体問題 / 統計力学 / 非線形力学 / 幾何学 / 生物物理 / 天体力学 / 化学物理 / 国際情報交換(米国、伊国) |
研究実績の概要 |
平成28年度は、統計力学と非線形力学の手法を用いて、ミクロな分子系とマクロな天体系の両方に見られる協同的ダイナミクスの研究を進めた。本研究の遂行においては、大学院生との共同研究が重要な役割を果たしており、その成果は次の通りに纏められる。 ミクロスケールにおいては、高分子鎖の捩れ運動から生じる幾何学的な宙返りに関する研究を発展させた。特に、らせん構造を有する高分子鎖において捩れが伝播すると、幾何学的な宙返りが生じ、全角運動量ゼロのまま大きな向きの変化が生じ得ることを示した。さらに、高分子鎖のらせん構造のカイラリティと捩れの伝播方向によって、幾何学的な宙返りの向きが決まることを数値実験によって明らかにした。この幾何学的な宙返りの効果は、通常想定されるような高分子鎖の剛体的な回転運動とは質的に異なるものであり、回転型分子モーターの運動に対して新たな視点を提供するものと期待できる。そこで本研究では、この幾何学的な宙返り効果を、回転型分子モーターとして知られるATP合成酵素の軸の運動の粗視化モデルに応用した。 マクロスケールにおいては、まず、地球-月の平面円制限三体問題において、共鳴重力アシストとラグランジュ点L1に付随する安定多様体チューブを併用することにより、燃料消費量を抑えて短時間で地球から月に遷移する宇宙機の軌道を設計した。また、平面楕円制限四体問題において、レヴィフライトを組み込んだInterior Search Algorithm (ISA)を用いることで地球から月への遷移軌道を最適化した。これにより、軌道設計における不変多様体の有用性とレヴィフライトを組み込んだISAの有用性を示した。さらに、地球-月の平面円制限三体問題において、月中心に衝突する特異な軌道群が月周りの角運動量の符号を分けるチューブ型の相空間構造を形成していることを見出し、宇宙機の軌道設計に応用した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ミクロスケールにおける高分子鎖の幾何学的な宙返り効果に関する研究では、平成27年度までは5つの質点をつないだ簡単な高分子鎖モデルを用いていたが、平成28年度は、任意の長さの高分子鎖(典型的には15質点からなる高分子鎖)にまで拡張する改良を行った。また、平成27年度までは平面的な構造を平衡構造とする高分子鎖モデルを用いていたが、平成28年度は、らせん構造を平衡構造とする3次元的な高分子鎖モデルを導入した。その結果、高分子鎖の幾何学的な宙返り運動の向きと、らせん構造がもつカイラリティとの直接的な関係を明らかにすることができた。 マクロスケールにおける天体および宇宙機のダイナミクスに関する研究では、前年度までに蓄積した制限三体問題と制限四体問題に関する知見を、複数の観点から宇宙機の軌道設計の問題に応用することができた点が有意義であった。特に、共鳴重力アシストを不安定共鳴軌道の不変多様体によるローブダイナミクスとして理解し、それとラグランジュ点L1に付随する安定多様体チューブによる輸送機構とを繋げることで、地球周回軌道から月周回軌道へと遷移する低エネルギー型の軌道を設計できた点が有意義であった。また、パラメータの最適設計手法として知られるInterior Search Algorithm (ISA)を地球から月への遷移軌道の最適化に応用し、さらにISAの探索過程にレヴィフライトを組み込むことにより、探索の効率が上昇する場合があることを示せた点も有意義であった。また、地球-月の平面円制限三体問題において、月中心に衝突する特異な軌道群の線形安定性を評価し、これらの軌道群が月周りの角運動量の符号を分けるチューブ型の相空間構造を形成していることを見出した点も有意義であった。 以上、ミクロスケールとマクロスケールの両方の研究において、大学院生との共同研究が重要な役割を果たしている。
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今後の研究の推進方策 |
ミクロスケールにおける高分子鎖の幾何学的な宙返り効果に関する研究をさらに発展させ、各方面に応用することは、今後の重要な課題である。特に、平成28年度の数値計算によって見出した高分子鎖のらせん構造のカイラリティと捩れの伝播方向および幾何学的宙返りの向きの関係を理論的に解明することは、今後の応用を考える上で極めて重要である。そのためには、高分子鎖の変形と回転のカップリングを記述する幾何学的なゲージ場を正確かつ効率的に計算する必要がある。また、高分子鎖の幾何学的な宙返り効果に関する平成28年度の結果を、べん毛を用いた微生物の遊泳の問題に応用することも今後の重要な課題である。そのためには、まず平成28年度に作成したらせん構造を有する3次元的な高分子鎖モデルを応用して、べん毛フィラメントのモデルを作成し、さらに胴体に相当する部位を取り付ける必要がある。その上で、溶媒との間の流体力学的相互作用を取り入れた数値計算を行う必要がある。 マクロスケールにおける天体および宇宙機のダイナミクスに関する研究では、まず、平成28年度に地球-月の平面制限三体問題において探求した共鳴重力アシストの手法をさらに発展させ、より広範囲の共鳴軌道を用いて重力アシストを設計することが重要である。また、共鳴重量アシストによって実現されるエネルギーの変化量を理論的に定量化することも重要な課題である。さらに、地球-月系のダイナミクスに太陽等の摂動が加わった系においても、同様の重力アシストを実現し、その理論的メカニズムを解明することも重要な課題である。また、平成28年度に見出した月衝突軌道群が分岐現象によって不安定化する現象の物理的メカニズムを明らかにし、原子・分子系の結合、解離、制御のダイナミクスに応用することも重要な課題である。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度は、最適化計算等のためにメモリの高い計算機を購入する必要があったものの、平成27年度に繰り越した予算が大きかったため、結果として、次年度使用額が生じた。また、平成28年度は、平成27年度までの研究を現在の研究環境の中でさらに深化させ発展させることに重点を置いたため、国内および海外への学会出張および研究出張の機会が少なかったことも、次年度使用額が生じた理由である。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度は、平成28年度までの研究によって得られた成果を、理論面および数値計算面の両方においてさらに発展させるために、計算機環境を増強する費用が必要である。また、平成29年度は本研究課題の最終年度ということで、これまでに得られた研究成果を国内、海外の学会で広く発表するとともに今後の研究計画および国際共同研究に繋げるために、出張旅費が必要になる。また、平成29年度も平成28年度と同様に大学院生との共同研究を活性化するために、物品費、出張旅費、人件費等が必要になる。
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