本研究の目的は,蛋白質内で起こるプロトン移動の機構を蛋白質構造に基づく理論計算によって解明するための手法を具体的に示し,実践することである.対象とする蛋白質として光合成光化学系II(PSII)を扱う.PSIIは光エネルギーによる水分解反応を触媒する蛋白質であり,反応に伴って活性部位から水由来のプロトンが放出され蛋白質外部へと運ばれる.このプロトン移動を調べる.プロトンが,反応におけるどのタイミングで,どこからどこへ,どのような時間スケールで移動するのかを明らかにする.同時に,蛋白質における重要部位を特定する. 前年度までに,蛋白質内のプロトン移動の経路を明らかにする手法を確立し,PSII蛋白質内に適用した.その結果,PSIIの水分解において4段階からなる水分解反応の第一段階目に,触媒部位(MnCaクラスター)の特定部位「O4酸素原子」からプロトンが放出され,複数の水分子から構成されるプロトン移動経路を通って排出されることがわかった. 最終年度は,4段階からなる水分解反応の第二段階目以降について,プロトンの放出だけでなく,反応機構の解明をも行った.その結果以下のことが明らかとなった.第二・第三段階において,MnCaクラスターのMn4原子に配位している水分子W1のプロトンが2つとも抜ける.プロトンの1つはD1サブユニットのアスパラギン酸61(D1-Asp61)を経由し蛋白質の外へ向け放出され,もう1つはD1-Asp61まで移動する.その後,第四段階において,第一段階においてプロトンが放出されるO4酸素原子とW1の酸素原子が単結合をつくり,D1-Asp61のプロトンが外部へ排出されることをきっかけに,酸素分子が形成される.酸素分子が外部へと排出されると,空になったMnCaクラスターのサイトに再び水分子が入り込む.この反応の律速過程は酸素分子間の単結合生成過程(1ms程度)である.
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