本研究は、細胞の自発運動(外部刺激非存在下でのランダム運動)に着目し、細胞重心の軌跡データの時系列解析、及びそれに基づく数理モデリングと理論研究を実施することで、細胞の確率的な情報処理機構を解明することを目的にしている。昨年度までに、複数の恊働研究者から提供を受けた実験データに基づき、細胞性粘菌、マウスのT細胞、神経細胞の自発運動の解析をそれぞれ実施した。その結果、基盤上の運動だけでなく、生理的条件に近い運動においても、三者の運動様式に存在する共通性が明らかとなった。それは、細胞性粘菌と同様に一般化ランジュバンモデルで重心運動が記述可能であることを示している。また、外部刺激の有無やその空間局在に対する細胞の運動方向バイアス(走性応答)についても、角度統計学に基づく解析法を導入することで、より定量的に検証することが可能となった。 本研究で整備して来た細胞運動の解析手法には一般性があり、細胞表面上を運動するインフルエンザウィルスの動態解析にも適用することが出来る。そこで今年度は、恊働研究者から提供を受けた実験データに基づき、C型インフルエンザウィルスの運動解析も実施し、A型インフルエンザウィルスとは異なり、直進性の高い特徴的な運動様式を持つことを確認した。これは、インフルエンザウィルスの感染能と運動様式の関係の検証に向けた進展となった。この結果は論文で報告した。 加えて、「細胞の理論生物学」及び「定量生物学」という2冊の新著の分担執筆において、今年度は内容をさらに加筆し充実させた。生物におけるゆらぎの意義や細胞運動、細胞情報処理に関する章において、本研究の成果を取り入れ、細胞の階層性をつなぐ物理的理解や先端的なテーマの紹介、および実践的な解析法の解説など、ともに類書にないような特徴的内容と言える。当初の出版予定より遅れるも、次年度には出版の予定である。
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