研究課題
本研究課題は、生体分子の構造安定性や機能発揮における水分子の役割を明らかにすることを目的として行われた。研究代表者はこれまでの研究において、X線溶液散乱実験と分子シミュレーションを組み合わせた方法を開発することで、生体分子の周りには特異的な水和構造があることを明らかにしてきた。そこで本研究課題では、多重ドメイン構造を持つグルタミン酸脱水素酵素(GDH)をモデル生体分子として、水和構造がどのようにして蛋白質の機能的運動を制御しているかを、200 nsの分子動力学(MD)シミュレーションによって調べた。GDH分子周りの溶媒環境は原子レベルの厳密な水分子で構成し、計算は本研究資金を利用して東京大学スーパーコンピュータFX10にて行われた。GDHの構造は2つのドメインからなり、その間には基質を捕まえ触媒反応を進める活性クレフトが存在している。これまでの結晶構造解析を用いた研究により、GDHには活性クレフトを開閉させるドメイン間の運動があることが示唆されている。本研究において実施した200-ns MDのトラジェクトリーを詳細に解析したところ、GDHは溶液中においても、結晶構造解析の結果と一致するドメイン運動を行っていることが明らかになった。また、MDによって観察されたドメイン運動は、原子間力顕微鏡によって観察されたGDHの構造揺らぎの測定結果とも定量的に合うことが分かった。これらの計算と実験を併用した手法により、GDHは溶液中にてドメイン運動を行っていることが実証され、このことは、基質非結合状態においてすでに基質を捉える機能的運動をGDHが行っていることを示している。さらに、MDトラジェクトリー中におけるGDHのドメイン運動と水分子の運動の相関を解析したところ、ドメイン運動を駆動及び制御しているのは、GDH分子周りの水和構造であることが明らかになってきた。
1: 当初の計画以上に進展している
従来の研究では、水は生体分子にとって環境として必要であって、生体分子の機能に能動的には関わっていないと考えられてきた。そのため、生体分子の機能的動きを調べたこれまでの研究では水分子の役割は重要視されておらず、機能的動きの様子を明らかにすることができても、その動作メカニズムまでは未だ明らかになっていなかった。これらの研究に対して、生体分子の機能的動きが水分子によって制御されていることを初めて示した本研究の成果は、生体分子機能における水分子の役割は能動的なものであることを示した初めての研究事例である。したがって、本研究は生命現象における水分子の役割について新しい考え方を提案するものであり、生体分子の機能発現メカニズムの理解を大きく進めることが期待される。現在、これらの研究成果を論文として纏めているところである。
前年度は、分子動力学シミュレーションや原子間力顕微鏡を用いて、水分子がGDHの機能的動きを制御する様子を明らかにしてきた。本年度前半は、GDHの変異体を用いた酵素活性測定により計算結果の検証を進める。それと同時に、本研究成果について論文作成を進める。本年度後半は、生体分子周りに形成される水和構造のより厳密な計算を目指して、X線結晶構造解析で得られている実験の水和構造を再現できる分子ポテンシャルの構築を行う。始めに、AMBERやCHARMMといった分子動力学ソフト用いられているポテンシャル関数の評価を行う。そののちに、必要なポテンシャルモデルの構築、パラメータの最適化等を行う。厳密な水和構造を得ることは、生体分子間や生体分子と薬剤分子間の相互作用を理解するうえで、非常に重要な課題である。
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (3件) (うち招待講演 2件)
PLANT CELL PHYSIOLOGY
巻: in press ページ: in press
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