研究実績の概要 |
下部成層圏の水蒸気量の変化は大きな放射強制力を持つ。1980~90年代の下部成層圏水蒸気量の増加、および2000年以降の減少は、それぞれの期間の地表気温トレンドを3割程度増減させたと考えられている(Solomon et al., 2010)。しかし、水蒸気量は対流圏界面近傍で高度と共に大きく変動するため、鉛直分解能の低い衛星観測ではその変動を捉えることができない。ゾンデや航空機によるin-situ観測も、多くは中低緯度域で実施され、極域で実施された例は少ない。 研究代表者らのグループは、2016年7月に南極昭和基地(南緯69.0度、東経39.6度)において7機の水蒸気ゾンデと21機のオゾンゾンデを用いた集中観測を実施し、昭和基地上空の対流圏から下部成層圏における高鉛直分解能な水蒸気、およびオゾンのデータを取得することに成功した。一部機器の不具合により発生した不良データを除去した後、特に上部対流圏において発生した2例の高水蒸気濃度のイベントについて、その成因を調べた。 気象再解析データを用いた総観規模場、および粒跡線解析の結果、これらのイベントで観測された高水蒸気濃度を持つ空気塊は、昭和基地の北西で発達する移動性低気圧前面の上昇流により、下層から湿潤な空気が輸送されてきたことにより発生したことが分かった。一方で、上昇流中での水蒸気凝結を伴うケースと伴わないケースがあり、南極上部対流圏の水蒸気量が中緯度域の低気圧発達と降水過程に強く依存することが示唆された。 今後は、より統計的な解析により、南極上部対流圏水蒸気量の決定に対する各プロセスの寄与率を決定し、気候変動に伴う各プロセスの頻度や強度の変化が水蒸気量にどのような影響を与えるかを明らかにする。
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