本研究では,左右対称な頭骨を持つ化石歯鯨類とその捕食者である歯鯨類の耳周骨をマイクロCTでスキャンし,3次元復元した内耳構造から可聴域を推定する.これにより,収斂して出現する2次的に左右対称な頭骨が,現在同様に過去の生態系でも高周波の反響定位と関連し捕食圧を下げるように進化してきたという仮説を検証することを研究目的としている.この仮説を検証するにあたり,今年度は頭骨の左右非対称性について定量化することを試みた.これは既存の左右非対称性関する評価が,主観に基づいていたり測定方法に問題があったためである.歯鯨における頭骨の左右非対称性は,頭蓋後部における正中線が左右どちらかに偏ること,左右両側の頭骨を構成する各骨(前上顎骨・上顎骨・鼻骨など)の大きさ・幅・長さの違いという二点に表れる.前者において,吻部まで計測すると吻部の長さに値が左右されるので,吻の基部から後方について基準点を定め正中線から左への偏りを角度で評価した.後者については,左右の鼻骨・前上顎骨・上顎骨の面積などを評価した. 本年度はこれまでのデータに加え,国立科学博物館・スミソニアン自然史博物館・カリフォルニア大学古生物学博物館・ロサンゼルス郡立自然史博物館・サンディエゴ市立自然史博物館が所蔵する現生・化石歯鯨類標本(5科7属13種16標本)について検討した. これらの標本のうち,大半を占めたのはアカボウクジラ科である.アカボウクジラ科の左右非対称性は比較的弱い傾向があるが,アカボウクジラとハッブスオウギハクジラの左右非対称性は強いことが明らかとなった. ただし,現生歯鯨類の頭骨の正中線からの偏りと鼻骨の大きさについては,2015年にまったく同じ手法の論文が出版されてしまい新規性がかなり損なわれてしまった.今後の論文出版には,化石分類群を含んだより包括的な研究であることをアピールするなど工夫を行う必要がある.
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