分子の振電ダイナミクスを制御する新しい因子としてレーザーの偏光が注目を集めている。代表者は芳香族分子の光誘起環電流と骨格振動の非断熱結合を解析し、環電流と分子振動の偏光依存特性を一般的に予測することに成功していた。これを踏まえて、本研究は、代表者が開発した芳香族分子における光誘起環電流と分子振動の制御理論を一般π電子系へ拡張し、具体的なπ電子系化合物へ適用するものである。 平成26年度は、主に生体分子のプロトタイプとして知られるピラジンの超高速無輻射失活の機構解明に従事した。近年の半古典動力学計算から、ピラジンの無輻射失活には複数の光学禁制状態が寄与する可能性が提案されていた。代表者は量子核波束動力学計算を採用し、光学許容状態から最低光学禁制状態への遷移のみが起こること、およびその遷移速度が実験から推定されていた値よりもはるかに高速であることを見出した。 平成27年度は、理論を多光子励起過程へと展開し、フラーレンC60の多光子イオン化の偏光依存特性を解析した。球対称性を持つ原子・分子の電子構造をモデル化し、光強度が比較的低い場合の多光子イオン化確率を評価した。球対称系のイオン化の偏光依存特性を決める主要な因子が電子状態間の遷移双極子モーメントの大きさであることを一般的に示した。 平成28年度は、光強度が高くなると球対称系のエネルギー構造が多光子イオン化の偏光依存特性に寄与し始めることを明らかにした。また、水酸化フラーレンC60(OH)24の光解離シミュレーションを行い、脱水やCO脱離を経てケージ構造が壊れ、グラフェン様ナノフレークからカーボンナノチューブへと成長する反応機構を提案した。 以上の成果を平成28年度までに複数の論文や学会発表などで報告した。現在、他に1報の総説が国際誌において査読中であり、3報の論文を執筆中である。
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