研究実績の概要 |
本年度は、有機半導体結晶での分子間力を考慮した結晶構造の理論予測を、様々な有機結晶に対し進めた。 有機太陽電池の材料として注目される亜鉛フタロシアニン(ZnPc)について、実験的にAu基板上の薄膜で見られるalpha多形(a-ZnPc)は、格子定数が実験的に決まっていない。そこで、分子間力を考慮して格子定数を理論的に決めた。計算には、研究協力者が開発した密度汎関数(vdW-DF)を用いた。vdW-DFを用いた結果、最安定なbeta多形で、格子定数を1%以内の誤差で再現した。準安定なa-ZnPcについて、計算での最適化構造のもと、最大占有(HOMO)バンドの幅は64 meVと予測され、低温での薄膜の実験値(92 meV)に近くなった。得られた平衡構造付近で格子定数を0.01 nm程度ずらすと、バンド幅を支配する第一近接・第二近接分子間の飛び移り積分は数10meVのオーダーで変化した。分子間力を考慮した結晶構造の精密決定が、電子状態の再現・予測において重要であることが分かった[S. Yanagisawa et al., Phys. Rev. B 90, 245141 (2014)]。 典型的なアセン結晶(ベンゼン(1A)-ペンタセン(5A))でもテスト計算を行ない、上述のvdW-DFで、1-2 %程度の誤差で格子定数を予測・再現できることが分かった[S. Yanagisawa et al., submitted]。 結晶構造に加え、バンド構造の予測の精密化も進めており、高精度なバンド計算法(GW近似)でピセンの単結晶のバンド構造の予測に成功した。室温下でのバンド構造の実験値との比較から、バンド構造への電子-振動結合などの影響が重要であることが分かった[S. Yanagisawa et al., Jpn. J. Appl. Phys. 53, 05FY02 (2014)]。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
初年度は、分子間力を考慮した理論計算によって、有機半導体結晶の構造予測を進めることを主な目的としたが、研究協力者との連携のもと、高い信頼性を有する計算法を適用し、アセン系、フタロシアニン系など様々な結晶について高精度な構造予測に成功した。ここで確立した計算スキームは、次年度以降の研究計画でも大いに活用できる。また、高精度に予測された結晶構造下での電子バンドを正確に評価・予測する計算法(GW近似)も、上述の結晶系に対し適用を進め、結晶中の分子に由来する電子的性質や、電子-格子相互作用の影響を議論するのに有用であることが確かめられた。これらの成果は、本年度の研究目的に合致するものであり、今年度の目的は順調に達成されたと言ってよい。 上述の成果に加え、本年度はフタロシアニン系の理論研究をきっかけに、有機結晶中の分子軌道間の結合や飛びつり積分を評価するスキームの確立にも成功しつつある。このような電子状態の知見は、有機半導体中のキャリア伝導の性質に直接つながるものである。 これらの成果に関連し、有機-金属界面の電子状態や、有機半導体結晶のキャリア伝導を研究する実験家やグループとの共同研究も進めた。上述の理論計算法の適用によって、Ag表面上のピセン分子膜の構造決定[Y. Yoshida et al., J. Chem. Phys. 141, 114701 (2014)]をはじめ、実験結果の解釈に寄与する成果も出てきており、来年度もさらに展開していく見込みである。 以上から、本年度は、当初の研究計画の達成に加え、さらに研究を推進するための計算スキームの確立も達成され、実験家との共同研究も進んだ、という成果から、当初の計画以上に進展した、と言ってよい。
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