研究実績の概要 |
今年度は、まず5種類のオリゴアセン結晶(ベンゼンからペンタセン)の構造最適化計算を行い、昨年度の研究から適用してきたファン・デル・ワールス密度汎関数(vdW-DF)が、有機半導体結晶の構造や結晶多形の安定性を高い信頼性で予測できることを確認した[S. Yanagisawa et al., J. Electron Relat. Phenom. 204, 159 (2015)]。そのように精密に決定した結晶構造に対して電子バンド構造を正確に評価すると、低温の紫外光電子分光の状態密度実験値とよく一致し、従来の精度の劣る計算法で再現できなかった、結晶多形の違いによりバンド構造やバンドギャップが変化する様子や、振動効果の考慮の有無によって格子の熱膨張の影響を再現できることを見出した[S. Yanagisawa and I. Hamada, submitted to J. Chem. Phys.]。さらに、高精度なバンド構造の再現(GW近似)により、有機半導体では、孤立分子と単結晶とで電子間ポテンシャルが遮蔽される効果が著しく異なることも、理論的に再現した[S. Yanagisawa et al., J. Chin. Chem. Soc., in press]。有機半導体に構造歪みを印加した際の結晶構造を理論的に再現し、その結晶構造下でバンド構造を予測した。そのデータをもとに、実験的に観測された構造歪み下での正孔移動度の向上の理論的解釈に貢献することができた[T. Kubo et al., Nat. Commun. 7, 11156 (2016)]。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
準安定な結晶多形が多く存在する有機半導体結晶において、前年度の研究よりも高度な理論計算法を駆使することで多形の違いによるバンド構造・バンドギャップの違いを再現し、結晶構造と電子構造の関係について新たな知見を得ることができた。また、vdW密度汎関数を駆使し、格子振動の効果を考慮した結晶構造の最適化計算のスキームについても習熟できた。これで、一般に室温下での熱膨張を伴う実験の結晶構造との比較が容易になり、今後、実験で観測される電子構造やキャリア輸送特性を支配する結晶構造の要因について、より理解を深められると考えられる。 GW近似を用い、孤立分子中と結晶中とで電子間ポテンシャルの遮蔽の効果に大きな違いがあることを確認できた。この知見は、実験や実物質での有機半導体結晶の表面や界面での電子注入準位がどう変化しうるかについての洞察を与えるもので、今後、より実際的な表面や界面での基礎電子物性の正確な評価につながりうる。 実験家との共同研究も結晶構造と電子状態との関係をキーワードに進めた。当年度は、構造歪みを加えて有機半導体単結晶の構造と電子状態を理論的に再現し、実験的に報告された構造歪み下での正孔移動度の向上の原理を説明する成果につながった[T. Kubo et al., Nat. Commun. 7, 11156 (2016)]。 以上から、本研究の中心である、精密に予測された結晶構造と電子構造との関係についての新たな知見と、有機半導体材料に近い物質系の基礎物性に関する実験的知見の解釈に貢献できたという点で、当年度の研究の進展は順調であると言える。
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