平成27年度は、前年度までの実績に基づいて、外部刺激に応答して生体高分子への接着性を変化させる分子糊の開発に取り組んだ。分子糊の接着はグアニジニウム基の多価的な相互作用に依拠するため、はじめに、単一のグアニジニウム基をもつモノマーから光刺激によって複数のグアニジニウム基をもつポリマーをin situで重合するという戦略を検討した。重合反応には、生体内でも選択的に効率よく進行する「光クリック反応」を採用した。検討の結果、DNAや細胞などを含めた種々のオキシアニオン表面上でこれらを鋳型として重合が進行し、光照射部位選択的に分子糊を接着させることに成功した。 この鋳型重合を利用し、siRNAの表面上で分子糊を重合し、わずか数nmという微小なsiRNA内包ナノカプセルの調製にも成功した。siRNAナノカプセルはグアニジニウム基と生体膜の強い相互作用に基づいて、効率良く生細胞内に移行することが明らかになった。siRNAナノカプセルの重合は細胞内のような還元的条件下で速やかに開裂するジスルフィド結合を形成することで行なっており、細胞内に移行したナノカプセルはsiRNAを放出することができる。この結果、RNA干渉を誘導し、特定の遺伝子発現を抑制することにも成功した。 また、アデノシン三リン酸(ATP)を外部刺激として認識し、これによって接着性を変化させるATP応答性分子糊の開発にも成功した。接着のモデルとしてトリプシン(消化酵素)を用い、分子糊を接着させることで一時的に酵素活性を抑制させることに成功した。ここに一定濃度以上のATPを添加すると、トリプシンから分子糊が解離し、酵素活性が回復することを見出した。ATPは腫瘍組織の優れた指標の一つであるが、これを認識して駆動する分子システムは十分に確立されていない。このため、本手法は腫瘍選択的な化学療法として有用な基盤技術となりうるものである。
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