研究課題/領域番号 |
26810075
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
下赤 卓史 京都大学, 化学研究所, 助教 (40609921)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 赤外分光法 / 量子化学計算 / Nafion / 燃料電池 |
研究実績の概要 |
H26年度は,本研究課題のテーマの一つであるNafion膜の水和構造解明に向けた研究を行った.Nafionは燃料電池のセパレータの材料であり,より高いプロトン伝導性をめざした膜構造の解析が行われている. 代表者のグループが以前,NMR測定により発見した,Nafion膜中に存在する運動性の極めて低い‘束縛水’(第3の水)に着目し,その水和構造を赤外分光法と量子化学計算により解明した. Nafion膜の加熱による脱水和過程の赤外スペクトルを測定した結果,‘バルク水’,スルホン酸基の‘水和水’の既知の2種が段階的に脱離し,水和水が脱離する際の複雑なスペクトル変化を量子化学計算により解析し,スルホン酸基が3水和から2水和に変化するとき,アニオン化していたスルホン酸基が中性化することがわかった. これらの2種類の水が脱離したNafion膜は,スルホン酸基が完全に無水和の状態と考えられてきたが,量子化学計算により無水和のスルホン酸では説明できず,中性のスルホン酸基と1分子の水が環状の会合構造を形成していることがわかった.この水分子はスルホン酸基と2か所で水素結合を形成しているため加熱しても脱離しにくく,NMRで存在が示唆された運動性の低い水と対応することから,束縛水と結論づけることができた. さらに,質量分析法により加熱過程で発生する化学種を調べた結果,予想通り3種の水が段階的に現れ,最後まで残った水はスルホン酸が熱分解する温度に至るまで脱離しないことがわかった. このように,NMRで存在が示唆された束縛水の水和構造を赤外分光法と量子化学計算で明らかにし,運動性の低さの分子論的な原因を明らかにした.この結果は,完全に脱水和したNafion膜を得ることはできないことを意味する.この成果については,国内・国際学会で報告し,国際的な学術誌に発表した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は大きく2つのテーマで構成されており,そのうちの一つである「Nafion 膜中に存在する水分子の水和構造」についての研究をほぼ一年のうちに完了することができた.はじめ赤外スペクトル測定手法をいくつか検討していたが,吸収強度の小さい振動バンドもすべて解析するため,透過吸収法を早い段階で採用したことが,順調に成果へとつながり,最終的に学術誌への発表まで進めたと考えられる.
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今後の研究の推進方策 |
今後は,もう一つのテーマである「溶液中の高分子構造におよぼす微量水の影響および薄膜化プロセスでの微量水の役割」についての研究へと移る. 同時に,湿度制御下での薄膜中の分子構造・配向解析ができる測定法(PM-MAIRS)の開発を予定している.この手法は偏光変調した赤外光を用い,大気中の水蒸気の影響を受けない振動スペクトルを得ることができる.26年度に確立したNafion膜の赤外スペクトルの解析法をもとに,湿度に依存する3種類の水の定量的な変化や,Nafion膜および膜中の水の分子構造や分子配向の解析が期待できる.
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