研究実績の概要 |
核酸を薬剤や材料として活用する際、核酸は細胞内やチップ基板上の“超クラウディング環境”やイオン液体中の“超高塩濃度環境”などの“極限環境”下におかれ、DNA構造や安定性はこれらのような溶液環境の影響を大きく受ける。 本年度は、極限環境が核酸に及ぼす影響を分子レベルで“知る研究”を遂行した。まず、細胞内の超クラウディング環境が核酸構造に及ぼす影響として、ウイルス耐性などに関与するRNAの非塩基対部位であるダングリングエンドに及ぼすポリエチレングリコールによって誘起されるクラウディング環境効果について解析した。本研究結果から、ダングリング部位はワトソン・クリック(W・C)塩基対部位と水和構造が異なるため、細胞内の細胞周期などの環境変化に敏感に応答し、RNAの構造安定性を調整している可能性が示唆された(ChemMedChem, 9,2150,2014 [中表紙に採択]、2014年10月2日神戸新聞掲載)。また、生体膜モデルであるリポソーム上での核酸の非標準構造であるフーグスティーン(H)塩基対をもつ四重鎖について解析した。その結果、生体膜とDNAの相互作用により、四重鎖は顕著に不安定化することがわかった(Nucleic Acids Res., 42, 12949, 2014)。さらに、リン酸二水素型コリン水和イオン液体(IL)によって超高塩濃度環境を構築し、W・C及びH塩基に及ぼす超高塩濃度環境の効果を熱力学的手法、核磁気共鳴法、分子動力学計算によって解析した。その結果、コリンイオンの核酸の溝部位への結合によって、IL中での核酸構造安定性が決定されていることが示された(Nucleic Acids Res, 42, 8831, 2014, J. Phys. Chem. B., 118, 9583, 2014, Biochimie, 108, 169, 2015等)。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度は、対象とするDNA及びRNA構造を、がん化に関わるi-motif構造や三重鎖構造とする。これらの核酸構造に及ぼす極限環境の効果は、紫外可視分光光度計、円二色性分散計により、DNAの融解曲線を測定し、この融解曲線から、DNA及びRNA構造の熱力学的パラメータを算出する。これらの知見を基に、極限環境の影響をエネルギー的(ΔHo、ΔSo、ΔGo37)に考察する。 極限環境が核酸構造に及ぼす影響をさらに詳細に解析する“知る研究”と共に、得られた知見を基に、塩基対の安定性を溶液環境によって制御してDNAの構造をダイナミックに制御するDNAナノスイッチの構築を試みる(“使う研究”)。例えば平成26年度には、W・C塩基対からH塩基対形成への構造スイッチを活用することにより、一塩基多型の検出を行う研究に着手した(生体機能関連化学部会 ニュースレター, 29, 11, 2014)。本年度はこれまでの研究成果により、IL中での核酸構造を簡便に制御できることが期待できることから、IL中で高感度に機能するDNAセンサーの開発を試みる。さらに、得られた知見を基にDNAナノスイッチの構築を試みる。DNA構造制御の第一歩として、スイッチ機能を持つ三角型のDNAタイル構造を基本構造として作製する。タイル構造の塩基配列は、DNAコンピュータやDNAモーターとして活用された実績のあるDNA配列を参考として設計する(C. Mao, et.al., J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 8626など)。これらのDNAタイルの構造変化は、蛍光観測、ゲル電気泳動、原子間力顕微鏡などで確認する。この構造を基にしたナノ構造体に金ナノ粒子やカーボンナノチューブなど配置を制御することで機能を発揮する分子を修飾できれば、環境に応答して機能を発揮するDNAナノ構造の構築が可能であると期待できる。
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