研究課題
本研究では、ヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)、及び、タンパク質に翻訳されない長鎖ノンコーディングRNAに着目することで、化学物質等のヒトへの直接的影響評価を可能とする、次世代環境センシングシステムの開発を目的として研究を進めた。ヒトiPS細胞は、多くの細胞に分化できる分化万能性と、分裂増殖を経ても維持が可能な自己複製能を有する細胞であり、胚性幹細胞(ES細胞)の有する倫理的な問題をクリアしており、さらに元の細胞の性質・機能を維持しているという利点を有する。また、長鎖ノンコーディングRNAはタンパク質に翻訳されないRNAであり、細胞のストレス応答においてダイナミックな制御機構を担うことが近年報告され始めている。まず我々は、フィーダー細胞を用いないヒトiPS細胞の安定的な培養法を確立した後、本細胞にモデル環境ストレスとして、過酸化水素、カドミウム、ヒ素、シクロヘキシミド等を24時間暴露することで、暴露後RNA発現量が著しく増加する長鎖ノンコーディングRNAとして、6つの新規分子(CDKN2B-AS1、MIR22HG、GABPB1-AS1、FLJ33630、LINC00152、LINC0541471_v2)を同定した。本結果より、長鎖ノンコーディングRNAには、環境ストレス全般に応答するものと、特異的に応答するものが存在することを見出した。また、従来のバイオマーカーとしてp53関連遺伝子と比較した結果、長鎖ノンコーディングRNAの方が高感度かつ迅速に環境ストレスに応答することを見出した。さらに、ヒトiPS細胞を顕微鏡で観察することで、環境ストレスにより、細胞形態が変形していくことを見出した。以上より、ヒトiPS細胞において、長鎖ノンコーディングRNAが環境ストレスに対するサロゲート分子として有用であることが示された。
2: おおむね順調に進展している
本研究室において、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)のプロトコールに従い、京都大学の山中伸弥教授が樹立したヒトiPS細胞株(201B7)の培養を行った。フィーダー細胞としてマウス細胞株(SNL 76/7)を用いた。その後、WiCell Research Instituteのプロトコールに従い、フィーダー細胞を用いない培養法に切り替えることに成功した。次にモデル環境ストレスとして、様々な化学物質を暴露することで、複数のノンコーディングRNAの存在量が著しく増加することを見出した。本結果は、今後の予定である、化学物質高応答性を有する機能性ヒトiPS細胞の開発につながる重要な知見である。
ヒトiPS細胞株(201B7)の培養を開始し、その後、フィーダー細胞を用いない培養法に切り替え、継体培養を2回行った細胞を以降の実験に使用する。本細胞に、これまでの研究で化学物質等の暴露により発現量が著しく増加するノンコーディングRNAについて、これらの塩基配列を有する発現ベクターをそれぞれ作製する。そして、トランスフェクション試薬を用いて、これらのプラスミドベクターを細胞内に導入する。この時、目的のノンコーディングRNAが過剰発現しているかどうかをリアルタイムPCRで確認すると同時に、ヒトiPS細胞に分化等の変化が生じていないかを、蛍光顕微鏡観察もしくはマーカー遺伝子を対象としたリアルタイムPCRにより調べる。細胞内への導入がうまくいかない場合は、エレクトロポレーション法等の方法に切り替える。ヒトiPS細胞内でのノンコーディングRNAの過剰発現を確認した後、代表的な環境負荷物質であるカドミウム、ヒ素や、これら複数の化学物質を混合した模擬サンプル等を24時間曝露した後、生細胞カウント試薬を用いて、プレートリーダーにより細胞生存率を測定する。この時、コントロール細胞に対して、生存率が著しく減少するものを、機能性ヒトiPS細胞の候補とする。また、これらの細胞に対して、蛍光顕微鏡観察を行い、細胞形態の変化、細胞核の肥大化、アポトーシス関連タンパク質の検出等を行うことで、多角的に細胞の変化を調べる。
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