研究実績の概要 |
同時に行われる2つの平行平板間乱流の直接数値シミュレーションにおいて,一方の一部の情報を他方に定期的に上書きコピーする「データ同化」の手法により,乱れエネルギーの逆カスケード機構を支配するモードの探索を行なった。ここで逆カスケード機構とは, エネルギーが壁から離れると同時に小スケールから大スケールに輸送される機構を指し, 壁乱流では普遍的に現れると考えられている。
まず基本的なテストとして,壁面近傍の領域の速度場を一方から他方にコピーし続けても,壁面から離れた領域の速度場は両者の間では無相関に振る舞うことを確認した。このことから,壁面近傍と遠方における流れの振る舞いは互いに独立であり,それぞれの領域が乱れのエネルギーの生成と輸送のメカニズムを備えていることがわかる。また, 流れ方向とスパン方向のスケールが壁面の間隔のそれぞれ約0.15倍, 0.05倍程度以上の速度変動成分をコピーすると, これら以外のスケールの成分はコピーされた成分に従属的に振る舞うことがわかった。これにより, 支配モードのスケールの下限の特定ができた。
以上のシミュレーションと並行して, 統計的なアプローチによりスケール間のエネルギー輸送の収支を調査した。その結果, 逆カスケードが現れると考えられる対数層では各高さにおいて,小スケールの乱れは壁により近い乱れからエネルギーを受け取り,大スケールの乱れは壁からより遠い乱れにエネルギーを渡す,という相似的かつ階層的な構造があることがわかった。このことから,逆カスケード機構を担う乱れのダイナミクスも相似的であり,それらの中に相似的な支配モードと被支配モードの組が無数に存在することが期待される。また, 非常に大きなスケールでは, 逆カスケードとは反対に壁に向かう方向のエネルギーの輸送が起こることもわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
「データ同化」の手法は乱流中の異なるスケールの速度変動成分の間の主従関係を明らかにするための手法として有効であることが確認された。しかしながら,第一に想定していたモデルである,大スケールの背景場が逆カスケード機構を支配する,という単純な二元的描像は成り立たたないということがわかった。
そこで,逆カスケード機構を担う支配‐被支配モード群の相似的かつ階層的構造を「データ同化」の手法により明らかにすることを新たな研究目標とし, 支配モードの特徴的なスケールを特定することを試みている。これまでは, レイノルズ数を固定して支配モードのスケールの探索を行ってきたが, 得られた支配モードのスケールの物理的意味を明かにするために, 異なるレイノルズ数に対しても同様の探索をさらに行う必要がある。
また, 支配モードのダイナミクスの理解がまだ進んでいない。以上の理由により, 進捗状況は「やや遅れている」とした。
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今後の研究の推進方策 |
当初の予定では, 28年度は研究の取りまとめとその発信を主に行う予定であったが, これまでの調査を延長し, 広い範囲のレイノルズ数に対して逆カスケード機構を担う支配‐被支配モードの抽出と整理を行う。
さらに支配モードのダイナミクスを理解するために,「データ同化」の手法における2つのシミュレーションの速度場の差の場の支配方程式に対して線形解析を行う。ここでは,安定なモードを抽出しそれらから被支配モードを特定するので,一部の固有値と固有ベクトルがわかればよい。このような目的にはArnoldi法に基づくアルゴリズムを使用するのが適切であると考えられ, 本研究ではARPACKといった既存のライブラリを使用して固有値計算を実施する。
「データ同化」のシミュレーションおよび線形解析のための固有値計算はいずれも, 京都大学情報環境機構の計算機システム Appro GreenBrade 8000 を利用する予定である。そのために, 当初には学会発表のための旅費として計上していた28年度の研究費の一部を大型計算機の利用料に充てる。
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