本研究の目的は、既に膨大な研究成果の蓄積がある近世建築生産史の領域にあって、なお課題として残されていた東国の状況を解明すべく、具体的に大工棟梁「明王太郎」を対象として実証的に考察することにある。神奈川県立公文書館に所蔵されている「相模国大山大工棟梁手中家資料」を主に参照しつつ、他の家系や地域に遺された史料まで範囲を広げ、立体的かつ重層的に大工棟梁の存在を復元・構築することを目指す。 本年度は、研究の最終年度であり、これまでの成果を踏まえた総括を行った。本研究は歴史学の分野に該当し、究極的な目的は歴史の著述にあると考える。歴史は文章という方法でしか表現し得ず、つまりは通史を記述することが求められる。一方で、通史を記述することは容易でなく、頻繁に書き換えることには無理がある。そこで先学の業績に新たな視点を付加するというアイデアを考案した。代表的な通史として『建築学大系4 日本建築史・東洋建築史』(彰国社、1957年)の「近世 建築生産」を挙げ、大工棟梁が政治的・経済的な枠組みから捉えられていることを指摘し、更に社会的な枠組みを設定することの必要性を提示した。 また、明王太郎による相模国阿夫利神社本宮の普請について、手中家史料を用いて考察した。特に、元禄・宝永・享保・安永期に行われた修復や再建に注目し、社殿の形態を復元しつつ普請の特徴を解明した。従前の社殿の内容を踏襲しながらも規模や機能を拡大していく過程や、毎回の普請における職人の手間や材料の代金などの差異を指摘することができた。
|