本研究では、霊長類やヒトに特異的な遺伝子および、特異的なコピー数を有する遺伝子について、その脳神経系に与える特性をin vitroで評価するため、ヒトiPS細胞を用いた脳神経系への分化誘導技術とゲノム編集技術を用いた実験方法と解析方法の確立を目指した。 ヒト多能性幹細胞からの神経分化誘導法として、二つの培養法を確立した。一つは培養皿内で単一種類細胞を作出すること。これは、興奮性神経細胞への分化誘導を強烈に誘導するプロニューラル因子を導入することで確立した。一方、抑制性神経細胞についても、複数の抑制性神経分化転換に必要と考えられている遺伝子群から2遺伝子を選りすぐり分化誘導に成功させた。これらはいずれも、Tet-onシステムで駆動する一過性の遺伝子発現技術であり、ドキシサイクリンの処理期間に依存して分化誘導が促される。これによって、神経の分化度合いを強制的に制御することができるため、培養皿内の細胞は神経サブタイプとしても、分化度合いとしても極めて均一に近いものとなった。この技術の開発により、遺伝子発現の生化学的な解析に高い再現性が伴うようになった。(実際にこの分化培養法を用いた遺伝子発現プロファイルは2016年7月、日本神経科学大会、横浜、で学会発表を行っている。) もう一方の神経系誘導は、大脳皮質オルガノイドである。この方法は培養条件や細胞容器の作出を行って確立した。実際に本実験で着目した複数の対象遺伝子(ゲノム編集であるCrspr/Cas9法で作出)に変異が生じたiPS細胞株からの大脳皮質器官培養を行うと、疾患表現型のひとつである小頭症状が、細胞塊の拡大不全というかたちで培養皿内において再現することができた。 本研究により、ヒト脳の種としての特異的な進化の一端を解明したことになるとともに、脳神経疾患の良い疾患表現型モデルとして活用できる可能性がある。
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