研究課題
本研究では、がん原遺伝子RASの活性化型の変異が、がん抑制性の遺伝子群を転写抑制(サイレンシング)する分子機構を解明する。平成26年度には以下の2点を主な目標として研究を遂行した。1) shRNAライブラリのスクリーニングにより、Fas遺伝子をサイレンシングする因子を同定する。2) RASによるサイレンシングの標的遺伝子を新たに同定する。Fas遺伝子をサイレンシングする因子を同定するために、shRNAライブラリのスクリーニングを実施した。遺伝子サイレンシングが起きているFas低発現細胞にshRNAライブラリを導入した後、Fasの発現量が増加した細胞をフローサイトメトリーにより分取した。分取した細胞ではサイレンシングの制御因子がノックダウンされていると仮定し、shRNAの配列とその標的遺伝子を同定した。同定した遺伝子がサイレンシングに寄与している可能性を数値化した結果、最も可能性の高い遺伝子はErk2タンパク質をコードするMapk1遺伝子であった。Mapk1に対する6種類の異なるshRNAを、遺伝子サイレンシングが起きているFas低発現細胞に導入したところ、Fasの発現量が増加し、遺伝子サイレンシングが起こらなくなることを確認した。この効果はノックダウンの効率とよく相関するとともに、shRNA抵抗性のMapk1 cDNAによりレスキューすることができた。これらの結果からErk2タンパク質がFas遺伝子のサイレンシングにはたらいていることを明らかにした。一方、RASシグナルに応答してサイレンシングされる新たな遺伝子を探索した。RASの活性化型変異体を発現した細胞のトランスクリプトームを解析し、RASシグナルに応答して転写抑制される遺伝子を約100個同定した。このうちRAS依存的かつErk2依存的に転写抑制されている遺伝子はFas遺伝子を含む約30個であった。
2: おおむね順調に進展している
H26年度の目標のひとつは、shRNAライブラリのスクリーニングにより、Fas遺伝子サイレンシングの制御因子を同定することであった。スクリーニングでは、4,554個の遺伝子に対して設計された27,449個のshRNAから成るライブラリを使用した。高い精度で制御因子を同定するために、独立した3回のスクリーニング実験を行い、shRNAとその標的遺伝子がサイレンシングに寄与している可能性を数値化した。その結果、最も可能性の高い遺伝子としてErk2タンパク質をコードするMapk1を同定した。一方で、RASの活性化型変異体を発現した細胞では、Erk2によってRNAポリメラーゼIIがリン酸化されていることを見出した。これらの結果から、Erk2はサイレンシングの標的遺伝子の近傍でRNAポリメラーゼIIをリン酸化することにより、転写を抑制与している可能性が考えられた。H27年度には、RASシグナルがErk2のクロマチン結合能に与える影響を解析し、サイレンシングの分子機構を解明する。H26年度のもうひとつの目標は、RASによりサイレンシングされる遺伝子を新たに同定することであった。はじめに次世代シークエンサーを用いたトランスクリプトーム解析により、RASシグナルに応答して転写抑制される約100個の遺伝子を同定した。これら100個の遺伝子の中から、Erk2のノックダウンによりサイレンシングが解除される約30個の遺伝子を見出し、これらをRAS-MAPKシグナルによるサイレンシングの標的遺伝子として同定した。H27年度には、これらの標的遺伝子を解析の対象として、ヒストンH3K27me3修飾がRAS-MAPKシグナルを介したサイレンシングに果たす役割を明らかにする。
H26年度の研究の結果、Fas遺伝子をサイレンシングする制御因子のひとつとしてErk2タンパク質を同定した。RAS-MAPKシグナルが活性化した細胞では、Erk2が標的遺伝子の近傍でRNAポリメラーゼIIをリン酸化することにより、転写を抑制与している可能性がある。そこでH27年度にはErk2が遺伝子サイレンシングに果たす役割を検証する。はじめにErk2のクロマチン結合能をChIP-qPCRにより解析する。ChIP解析はMNaseを用いた酵素法を採用し、Erk2の微弱なクロマチン結合を高感度に検出できるように工夫する。Erk2とクロマチンとの結合が検出された場合はErk2のChIP-seq解析を行い、Erk2が結合するクロマチン領域を網羅的に同定する。すでにRAS-MAPKシグナル依存的にサイレンシングされる標的遺伝子を同定したので、これらの遺伝子におけるErk2結合領域を明らかにする。またH27年度には、遺伝子サイレンシングにおけるヒストンH3K27me3修飾の役割を解明する。本研究の代表者らは、RAS-MAPKシグナルに応答して遺伝子の転写が抑制された後、遺伝子周辺のH3K27me3修飾量が増加することを明らかにしたが、その分子機構と役割は不明である。遺伝子サイレンシングの過程で、Erk2がH3K27me3修飾酵素PRC2を引き寄せている可能性をChIP解析とErk2のノックダウン実験により検証する。また、転写抑制の後に起こるH3K27me3修飾量の増加が転写抑制状態の安定な維持に果たす役割を、PRC2のノックダウン実験により調べる。PRC2のChIP解析はすでに実験系を確立した。また、PRC2のノックダウン実験に使用できるshRNAを取得済みである。
H26年度にはshRNAライブラリのスクリーニングを実施し、Fas遺伝子サイレンシングの制御因子を同定した。当初平成26年度の末に制御因子のクロマチン結合能に関する実験データを取得する予定であったが、データを取得するまでには至らず、平成27年度の前半に実験を行うことにした。そこで、平成26年度に使用する予定であった、制御因子の生化学的解析にかかる経費を、平成27年度に繰り越して使用することとした。
平成27年度には遺伝子サイレンシングにおけるErk2タンパク質の役割を解析する。Erk2の生化学的解析を実施するために必要となる、細胞培養培地とプラスチックウェア、抗体などの生化学的試薬、またChIP-seq解析を行うための次世代シークエンス試薬を購入する予定である。遺伝子サイレンシングにおけるヒストンH3K27me3修飾の解析においては、PRC2の生化学的解析とノックダウン実験を計画しているが、これらの実験に必要な抗体とshRNAはすでに取得済みであるため、購入する予定はない。
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