ヒト胚性幹細胞(ES細胞)や誘導多能性幹細胞(iPS細胞)は、ヒト発生現象のin vitroモデルとして有用であり、また、特定の細胞へ分化させることにより薬剤スクリーニングや再生医療に必要な細胞のソースとしても期待されている。しかしながら、これらの多能性幹細胞の実用化を考えた場合、長期培養に伴うゲノム異常細胞の出現が大きな課題として浮上している。本研究では、ヒトES細胞におけるゲノム安定性制御機構の理解を目指し、Rho制御因子ABRの機能解析を実施した。ヒトES細胞株KhES-1にてABRをノックダウンしたところ、細胞増殖が著しく阻害されることがわかった。細胞周期のパターンを比較検討すると、ABRノックダウンによりS期細胞が激減し、それと相関してG2/M期細胞の蓄積が生じることが判明した。この表現型の背景にある分子メカニズムを解析したところ、G2期における中心体の分配に大きな遅れが生じており、そのためにM期への進入不全を起こしていた。また、M期を開始した細胞においても、紡錘体の形成や染色体の整列におけるエラーを頻発し、細胞死や分裂異常、あるいは非対称な染色体分配を起こすケースが高い割合で認められた。興味深いことに、ABR機能阻害条件下で長期間培養すると、多核や異数染色体を示す細胞の出現頻度が亢進していた。以上の結果から、ABRは分裂期にあるヒトES細胞において、正確な染色体分配を保証する分子であることが示唆された。
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