哺乳類では、一部の遺伝子は父または母由来のどちらか決まった一方のアリルでしか発現しない(「ゲノム刷り込み:genomic imprinting」)。同現象は正常な個体発生に必須で、その破綻はヒト疾患の原因となる。Igf2/H19遺伝子座の刷り込み発現は、転写制御領域「H19 ICR」の父由来アリル特異的DNAメチル化によって起こる。同メチル化は精子でのメチル化が起源と考えられているが、その形成機構はよくわかっていない。我々は、以前作製したH19 ICR導入トランスジェニック(Tg)マウスの解析によって、精子でのメチル化は必ずしも必要ではなく、受精後に父由来特異的にDNAメチル化するメカニズムが存在することを見出した。同活性が、受精後のゲノム全体のリプログラミングに抗した刷り込み状態の維持を担うと考え、本研究は、その分子機構の解明を目的とした。 二分割したH19 ICR配列のTgマウスの解析により、上流部分が受精後メチル化に重要であると予想されたため、H19 ICRの上流から段階的に配列を欠損させた一連の断片を使ってTgマウスを作製した。その結果、メチル化制御責任配列を百数十bpの範囲に絞ることができた。そこで、CRISPR/Casゲノム編集法を用いて、同配列をマウス内在H19 ICRから内部欠損させた。同マウスの生殖細胞、発生初期胚、出生仔体細胞を用いて解析した結果、同配列が受精後の父由来特異的メチル化に必要であることを、内在遺伝子座においても証明することができた。さらに、同百数十bp中の一部配列のみを欠損させたマウスも作製し、複数の制御配列が協調してH19 ICRの父由来メチル化を制御する可能性を見出した。 以上の結果から、特定の制御配列によって、受精後刷り込みメチル化が制御されることを明らかにした。これは、疾患の発症原因を探索する上でも、重要な知見となる。
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