研究実績の概要 |
虫種の多くが「菌細胞」と呼ばれる特殊な細胞を有し,その細胞内に特異的に共生微生物を保持している.従来の研究では、菌細胞共生を営む昆虫種に遺伝学的な手法を適用したモデル系が存在しないことから,菌細胞の発生や細胞内共生の成立の分子機構を明示するような研究成果は得られていない.そこで,本研究では菌細胞を新規に獲得した種であるヒメナガカメムシを用いて,細胞内共生の分子基盤を遺伝学的に解明することを目指す.具体的には,1)ヒメナガカメムシのドラフトゲノムを取得し,2)近縁で菌細胞を持たないカメムシ種とゲノムを比較し,菌細胞の獲得に関わる遺伝子座を探索するとともに,3)ゲノム編集等の技術を導入して遺伝子の機能解析法を確立し,菌細胞共生の分子基盤を解明する.本年度は,まず,ゲノムシークエンスのため,フローサイトメトリー法によりヒメナガカメムシのゲノムサイズを推定したところ,900Mbp程度であった.このデータをもとにゲノムのアセンブルに必要なシークエンス量を計算し,飼育系統から得たDNAよりHiSeq2500用にライブラリを作製した.paired-end法によりシークエンスし,約2.5億リードの配列を取得した.その結果を評価し,アセンブルを試みたが,大きなゲノム断片を得るためにはより多くの良質なデータを得る必要がある.一方で,菌細胞を持たないカメムシ種であるOncopeltus fasciatusゲノムのアノテーションチームに参加し, 免疫関連遺伝子群を同定した.これらの遺伝子はヒメナガカメムシとの比較候補として非常に有力である.次に,ゲノム編集技術の導入のため, O. fasciatusを用いて蛍光標識マーカーのmRNA合成と注射による一過性発現系を試みたが,うまく遺伝子発現が誘導されなかった. これらの試みから得られた経験は今後の実験に活用することができる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ゲノムシークエンスについて,ライブラリの作製およびシークエンスまでに時間を要してしまったため,データの取得と解析がすこし遅れている.ゲノム比較するための対象データについては,近縁種で得られたゲノム情報を取得することができたので,準備は整っている.ゲノム編集などの技術導入は成功しなかったものの,用いた対象種の卵の内圧が高すぎて実験に適していなかったという物理的要因が影響していると考えられる.
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今後の研究の推進方策 |
ドラフトゲノムについては早急に追加のライブラリを作製し、シークエンスデータを早い段階で取得することによって,基礎データの充実を図る.また、比較ゲノム解析についても同時に並行しておこなうことで,効率よくアノテーションを進める.ゲノム編集を用いた遺伝子の機能解析実験については,比較対象種は用いず,ヒメナガカメムシのみを用いて条件を最適化し,まず実験を成功させる.
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