研究実績の概要 |
さまざまな昆虫種が菌細胞という細胞内に自らの生存に必須な共生細菌を保持し特異的な共生関係を成立させている.しかしながら菌細胞の進化には謎が多く,その発生学的起源や細胞内に共生細菌を取り込み維持する機構はよくわかっていない.そこで,本研究では新規な細胞内共生細菌と菌細胞を獲得したヒメナガカメムシに焦点を当て,そのゲノム解析と形質転換系統の作製を通じて菌細胞の進化を解明することを目指した.これまでに対象カメムシ種のドラムトゲノム解析を実施したが,得られたデータからは完全なゲノム解読と近縁種との比較解析に困難が予想されたため,まず共生細菌ゲノムと宿主RNA-seqにもとづき栄養代謝機能を検討した.必須共生細菌シュナイデリアの約573kbの環状ゲノム配列に含まれる584個の遺伝子から生物機能を推定したところ,単独ではアミノ酸のほとんどを合成系できないが,共生細菌と宿主の相補により必須アミノ酸5種を合成できることが示唆された.ビタミンB類や補因子はビオチン,チアミン,パントテン酸以外の全てを合成できることが判明した.他にもウレアーゼオペロンが存在しており,共生細菌は栄養素の供給のみならず窒素循環にも寄与する可能性が考えられた. 同様の状況はオオアリやゴキブリ類の共生細菌にも報告されており収斂進化が起きていると考えられる.並行して,20種のセミ類の菌細胞内の共生細菌と1種の共生真菌の全ゲノムを海外の研究者の協力のもとシーケンス解析し,細胞内共生微生物の進化的起源に関する重要な知見を得ることに成功した.一方で,カメムシへの形質転換技術導入のための微量注入とゲノム編集実験については,前年度の異動に伴い新たに消耗品,備品,実験環境を整えたところで研究期間が終了した.しかし,実験系の基盤は揃ったので,これらを活用して近い将来菌細胞の発生と進化に関する理解が大きく進展することが期待される.
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