研究課題
AmnSINE1に由来するAS021配列は獣類特異的な保存領域であり、脳梁形成に必須なSatb2遺伝子のエンハンサーとして機能する。本研究ではAS021を基軸として、脳梁形成におけるレトロポゾンがもたらした発現制御機構の研究を進め、これまでに以下の発見があった。(1)AS021に結合する転写因子の候補を同定した。免疫染色の結果、大脳新皮質の深層および中間層におけるこの因子の発現細胞ではAS021エンハンサー活性およびSatb2の発現量が低いことから、この結合因子がAS021に対する抑制的制御因子であることが明らかとなった。(2)AS021配列の欠損マウスを用いた免疫染色では、Satb2発現細胞におけるAS021結合因子の発現量がわずかに高いことが示された。すなわち、野生型の大脳新皮質においてAS021結合因子の発現細胞ではAS021エンハンサー活性の抑制によりSatb2の発現が低下するのに対し、AS021欠損体においてはSatb2の発現がAS021結合因子の有無に依存しないことを意味している。一方でこのノックアウトマウスでは野生型と比較して顕著な脳梁形成異常は見られなかった。以上の結果から、AS021はSatb2の重要なシス調節配列である一方で、Satb2の発現は他のシス調節領域も複合的に作用することで維持されており、その機構が脳梁形成の頑健性を保っている可能性が示唆された。(3)昨年度からの試みとして、様々なエピゲノム情報の網羅的解析をおこなった。これを通して、① AS021に対する他の結合因子の探索、および ② 既知の結合因子が他のAmnSINE1に結合する可能性を探索している。現在までに確実な証拠は得られていないが、AS021の活性化に何らかの因子の結合が必要であることは自明であるため、引き続き探索を進めることで新たな結合因子を発見できる可能性があると考えられる。
2: おおむね順調に進展している
これまでの研究で、AS021-LacZトランスジェニックマウスおよびAS021ノックアウトマウスを用いることで、Satb2遺伝子、AS021エンハンサー、その結合因子の関係性を明らかにすることができた。本研究はエンハンサー機能を獲得したAmnSINE1由来配列に結合するタンパク質を初めて同定したものである。したがってこの研究は、転移因子配列が進化の過程でエンハンサー機能を獲得する上でどのような配列進化と転写因子の結合が重要であったのかを解明するとともに、複数の二次エンハンサーによる発現調節システムの存在下でレトロポゾン由来エンハンサーがどのような機能的位置づけにあるのかを知るための重要な成果になったと言える。一方で当初予定していたChIP実験は抗体の問題で困難であったことから、既存のデータベースを手掛かりとしてAS021結合因子が他のAmnSINE1由来配列に結合する可能性を探索する方針に切り替えた。現在までにその解析基盤の確立に至ったことから、研究計画としてはほぼ順調に進展していると考えている。
現在までに、ゲノムワイドな転写因子結合モチーフの分布、およびENCODE projectによるChIP-seq情報を網羅的に解析するための基盤を新たに整えることができた。これによりAS021をはじめAmnSINE1に対する結合因子を高効率で探索することが可能となった。これにより現在までに明らかになったAS021の発現制御機構が他のレトロポゾン由来エンハンサーでも共通に見られるのか否かを検証できる可能性がある。このことは本研究の大きな発展をもたらす可能性があることから、研究期間を1年延長して重点的に解析を進める予定である。特に共通のタンパク質が結合するレトロポゾン配列を発見した場合にはニューロン由来培養細胞を用いてエンハンサー活性をもつことを実証する。これにより本研究の最終目的、すなわちAS021のみならず複数のAmnSINE1由来エンハンサーに共通タンパク質が結合し、いずれも脳形成に関与していることを証明できる可能性がある。
当初予定していたChIP実験から、既存の転写因子結合モチーフの分布情報およびChIP-seq情報を網羅的に解析する方針に切り替えた。この展開はAS021の発現制御機構が他のレトロポゾン由来エンハンサーでも共通に見られるのか否かを検証できる可能性があることから、研究期間を1年延長して重点的に解析・実験を進めることとした。
転写因子の結合分布データに基づいたゲノムワイドな解析に使用する。また目的となるレトロポゾン由来エンハンサーの候補が発見された場合には、ニューロン由来培養細胞を用いてエンハンサーアッセイに研究費を充てる。また国際学会などにおけるこれまでの研究成果の発表にも使用する。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (1件) (うち招待講演 1件)
Genome Biology and Evolution
巻: 9 ページ: 93-101
10.1093/gbe/evw288
PLoS Genetics
巻: 12 ページ: e1006380
10.1371/journal.pgen.1006380