本研究は幼若ホルモン(JH)が、節足動物の生活環を支える共通の機能を維持したまま、柔軟に新規の多様な機能を獲得してきたその機能分化過程の理解を目的としている。平成26年度はJH受容体であるMethoprene-tolerant(Met)のリガンド特異性を種間で比較し、昆虫類と甲殻類のリガンド特異性の差を生み出すMetのアミノ酸残基を同定した。 平成27年度は昆虫類においてMetが転写活性化する下流の遺伝子Kr-h1に着目し、甲殻類であるミジンコにおいて同様に下流の遺伝子として働くかを調べた。その結果、ミジンコのKr-h1ホモログはJHに応じた発現上昇を示さなかった。またその制御配列を組み込んだベクターを作成し、ミジンコのJH受容体Metとともに培養細胞に導入しレポーターアッセイをおこなったところ、ミジンコのKr-h1の制御配列に顕著なJH応答性は見られなかった。一方で、Kr-h1がMetの主要な下流因子として知られている昆虫類のコクヌストモドキのKr-h1制御領域をベクターに組み込み、同様にミジンコのMetとともに培養細胞に導入してレポーターアッセイをしたところ、顕著なJH応答性が観察された。これらの結果はミジンコのMetはコクヌストモドキのMetと同様の下流遺伝子の転写活性化能を有しているが、Kr-h1がそのターゲットとなるかどうかが昆虫類と甲殻類で異なることを示唆している。昆虫類の多様なJHの機能がKr-h1を受容体のターゲットとして取り込んだことによって獲得されたという可能性も考えられるため、得られた知見は節足動物類のJH経路の進化過程を解明する上で重要な知見であるといえる。
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