本研究の目的は、頭蓋腔の形態とそこから推定される脳の解剖学的特徴に関して、ホモ・エレクトスの種内変異とジャワ原人内での進化的変遷を明らかにすることである。平成27年度までに開発した頭蓋腔表面の欠損部位を数理的に復元する手法では、現代人の頭蓋腔形状を参照データとして使用していたが、これを原人化石に適用した場合、復元結果に無視できない系統誤差が生じることが明らかになった。そこで、平成28年度には、特に保存状態の良いジャワ原人個体を参照モデルとすることで、系統誤差を軽減することに成功した。この方法によってジャワ原人の頭蓋腔鋳型モデルを復元し、そこから大脳と小脳の容積を推定したところ、後期のジャワ原人の大脳と小脳はいずれも現代人の変異内に収まる程度に大きかったことが示唆された。後期ジャワ原人の小脳のサイズは現代人の平均に比べて小さいが、その差は大脳の容積あるいは脳全体の容積の差によって説明できる。すなわち、ジャワ原人の系統では、ネアンデルタールの系統で見られるような小脳サイズに対する大脳サイズの相対的増大は起こっていなかったことが示唆された。また、平成28年度には、ジャワ原人9号頭蓋について、頭蓋腔表面で観察可能な中硬膜動脈の分布をCT画像データを基に精査した。その結果、中硬膜動脈の前枝がよく発達していることが確認された。この結果はサンギラン遺跡出土のジャワ原人では中硬膜動脈の前枝が、周口店遺跡由来のホモ・エレクトスでは後枝が発達する傾向があるという先行研究の観察結果同様、中硬膜動脈の分布形態に系統的な差異があった可能性を示唆する。
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