熱帯起源の植物であるイネは、これまで温帯・亜寒帯を起源とする植物のように低温順化機構を持つと考えられてこなかった。しかし、近年イネにおいても徐々に強い低温に曝されていく過程で低温耐性を獲得する機構があることが明らかになってきた。モデル実験植物であり我が国の最重要作物のひとつであるイネの低温順化機構を解明することは、熱帯起源植物の寒地への適応戦略を理解する上で重要であると同時に、これまでに成功していない幼苗期耐冷性に優れた品種開発の可能性もある。 昨年度までに、北海道のイネを中心に低温順化処理により、低温ストレス耐性が向上することを確認するとともに、おぼろづきを材料に低温順化時に増減する代謝産物および遺伝子発現に関する解析を行っている。 本年度は、トランスクリプトーム解析から低温順化処理により熱ショック関連遺伝子の発現量が増加していることを明らかにした。種々の熱ショック転写因子遺伝子および熱ショック蛋白質遺伝子の発現が増加していたが、それらの中のHsfA2c遺伝子に着目し、組換え体を用いた解析を行った。HsfA2c遺伝子を低温下で過発現する組換えおぼろづきは、下流の複数のHSP遺伝子の発現を誘導し、幼苗期の低温耐性および穂ばらみ期の耐冷性が原品種よりも優れていた。このことは、熱ショック機構が低温順化時の低温耐性機構の一部を担っている可能性を示すものであると考えられた。 また、メタボローム解析から低温順化時に糖質の蓄積が増加し、そのなかでもスクロースが低温順化処理特異的に顕著な増加を示したことから、スクロースの蓄積量を指標に低温順化処理方法を検討した。その結果、12℃3日から5日程度が最適な処理条件であることを見出し、本方法が有効であることを北海道のイネ63品種を用い示した。
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