研究課題/領域番号 |
26850097
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
種子田 春彦 東京大学, 理学(系)研究科(研究院), 助教 (90403112)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 再充填現象 / 木部閉塞現象 / 通水コンダクタンス / 森林限界 |
研究実績の概要 |
水ストレス下にある植物では,木部の道管内にある液(道管液)に強い負圧がかかる.この負圧によって道管周囲にある気泡が道管内腔へ引き込まれると,気泡は膨らんで道管内腔が気体で満たされる.この現象はキャビテーションと呼ばれ,キャビテーションの起こった道管は通水できなくなる.空洞化した道管内腔を再び水で満たす(道管の再充填現象)ためには,道管内腔の気相に陽圧をかけて気体を周囲の水へ溶け込ませなければならない.したがって,水の再充填が起きている間は,道管内腔が陽圧で保たれている必要がある.この道管の再充填現象ではこれまでに多くの樹種で確認されてきたが,こうした陽圧を発生させる生理学的機構や,外部の負圧の影響から道管内腔を守る仕組みは,いまだ明らかになっていない.しかし,ここ1、2年の報告で道管の再充填現象が測定手法によるアーティファクトである可能性が議論されるようになった(Wheeler et al. 2013; Rockwell et al. 2014). こうした状況を鑑みて,はじめに,平成26年度は木本のヤマグワの茎と草本のヒマワリの葉柄において,水の再充填が起きることを再確認した.また,ヒマワリの葉柄に,プレッシャープローブ法を使って再充填中の圧力の測定を試みた.しかし,結局,顕著な値を検出することはできなかった. この他に,北八ヶ岳にある縞枯山に分布する亜高山帯性常緑針葉樹のシラビソの枝で冬季にキャビテーションが強く起き,通水がほぼ完全に失われていること,そうした状態が春から初夏にかけての時期に再充填されることを明らかにした.また,キャビテーションと再充填の起き方が年輪によって異なることがわかった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
道管が再充填されること示した論文の多くは,乾燥ストレス時には通水コンダクタンスが低下し,灌水などをしてストレスが解除されると通水コンダクタンスが回復するという実験を行っている.これに対して,Wheelerら(2013)は,強い負圧が掛かった状態の枝では,たとえ水の中で枝を切った(水切り)としても,切断中になんらかの要因で気泡が生じて道管に侵入し,通水能力を過小評価させることを示した.この結果は,乾燥ストレスがかかった時に測定された通水コンダクタンスの低下はアーティファクトであり,実際には低下していなかった可能性を示唆しており,道管の再充填現象自体が現実に起きている現象ではないのではないかという疑いを投げかけた. これを受けて,再充填現象の再確認を行った.乾燥ストレスがかかっている植物(ヤマグワ,ヒマワリ)で,長めに枝を切り出した後,水に浸けて負圧を緩和させて上記の現象が起きにくい状況で通水コンダクタンスを測定した.その結果、乾燥ストレス時に見られた通水コンダクタンスの低下は小さくなったが,乾燥ストレスが解除されたときの通水コンダクタンスの回復は確認できた. プレッシャープローブ法による測定では,キャピラリーを挿しやすい草本のヒマワリに材料を変更した.乾燥ストレスがかかっていない状態で,道管にキャピラリーを挿入して,人工的にキャビテーションを起こして再充填現象が起きるのを待った.しかし,圧力の増加は観察できなかった.これは,乾燥ストレスなどの再充填現象が起きる条件を満たしていなかったことが原因である可能性がある.
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今後の研究の推進方策 |
プレッシャープローブ法による再充填時の圧力の測定については,再充填現象が起こりやすい条件の検討を行う.強い乾燥ストレスが起きてキャビテーションが強く起きている状況では,再充填が起きることはわかっている.しかし,道管の中に水が残っていないとキャピラリーが道管に挿さったことが確認できない.そこで,どの程度の乾燥ストレスまで再充填現象が起きるのかを確認し,最も軽度なストレス条件で圧力測定の実験を行う. この他に,人為的な操作によって再充填現象の確認も行う予定である.これまでの研究から,再充填現象には,ATPを使う能動的な過程が関与していることが示唆されている.そこで,ATP合成酵素の活性化をするフシコクシンを投与して,圧力の増加がみられるかを試す.また,道管内にショ糖溶液を入れて,その後の圧力変化を見ることで,浸透的に水の移動が起こりうること,さらには道管内腔が水で満たされて周囲の道管と繋がって負圧が観察されることを試す. 亜高山帯に優占する常緑針葉樹のシラビソにおける再充填現象については,プログラムチャンバーを使って枝の低温馴化と凍結融解を再現してキャビテーションを起こさせた後、灌水して再充填を起こさせる.この過程をMRI(核磁気共鳴、共同研究者である福田健二 教授が所有)を使って茎の木部内の水分布を非破壊的に可視化し,実験室内で最充填速度を測定できる実験系を確立する.そして,水の供給場所や呼吸の阻害剤による再充填速度への影響を見る予定である.
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