木部構造の長期的な変化およびその地理変異を明らかにするため、東京大学北海道演習林(富良野)および愛媛大学農学部附属演習林(愛媛)のミズナラを用いて測定と解析を行った。これらの地域はミズナラの分布の北方と南方にあたり、遺伝的にも異なることがわかっている。各地域において成熟したミズナラの幹の胸高部位から木部試料を採取し、薄片にしたのちに軟X線写真撮影を行うか、もしくはミクロトームにより切片を作成した後に光学顕微鏡を用いて写真を撮影した。得られた画像を画像解析ソフトを用いて解析し、年輪内の早材(孔圏)幅、晩材(孔圏外)幅、孔圏道管の大きさと数について1970年以降の35年間における長期的な傾向を調べた。その結果、愛媛のミズナラでは晩材幅に減少傾向がみられ、年輪幅と早材幅についても90年代から減少傾向にあることがわかった。一方、富良野のミズナラは、早材が35年間で増加傾向にあった。どちらの地域についても早材の変化は孔圏道管の大きさではなく数によって決まっていることが示唆された。今回得られた富良野のミズナラの傾向は、北海道苫小牧のミズナラで明らかにされた結果(Nabeshima et al. 2015)と同じであり、分布の北方では春先の温度上昇によって早材幅が増大していることが支持された。富良野では春先の気温上昇に加え、夏場の降水量も増加傾向にあり、気候変動の負の影響がなかったものと思われる。一方で、分布の南方にある愛媛では、気温の上昇だけでなく夏場の降水量と湿度の減少があり、このような夏場の乾燥により、光合成や晩材の成長が抑制された可能性がある。今回の結果から、ミズナラの年輪幅・晩材幅・早材幅は長期的に変化していること、この変化は分布域によって異なり、南方で負の影響となって表れる可能性が示唆された。
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