本研究では、高分子リグニンの分解・低分子化による有用資源(低分子芳香族化合物)の創出を目指して、このための基礎的知見となるリグニンオリゴマーの分解機構を解明する。酵素分解では特定の化学結合のみが開裂すると予想されるため、有為な低分子芳香族化合物を得るのに優れた方法といえる。また、酵素分解法は環境負荷が小さい点も利点である。しかし、酵素分解によってリグニン中のどの部位(化学構造)が反応に与るのかについての詳細な研究例は見当たらない。本研究では、特定の部位を13C同位体標識したリグニンオリゴマーモデル化合物を化学合成し、これを酵素分解する過程を13C-NMR法にて観察することにより、リグニンオリゴマーの化学構造と反応性を反応速度論に基づいて明らかにする。 昨年度までに、プロピル鎖の3つの炭素を13C同位体標識したリグニンモデル化合物(b04-1)を基質とする実験を行った。酵素としてラッカーゼ、メディエーターとして1-ヒドロキシベンゾトリアゾールを用いた場合の分解過程を13C-NMRで追跡した結果、プロピル鎖のC-C結合(炭素―炭素結合)由来のシグナルが徐々に消失した。このことから、プロピル鎖の開裂による分解機構を推定した。 本年度は、この推定分解機構によって生成すると予想される化合物の単離・同定を実施した。その結果、プロピル鎖開裂により生じる特徴的な化合物の一つであるベラトル酸の生成を確認した。さらに、これまでの分析方法では観測が困難であったグリコールアルデヒドの生成を確認した。これらの結果、リグニンモデル化合物(b04-1)のラッカーゼ-メディエーター処理による反応機構を明らかにした。この成果は、他の酵素、メディエーターを用いる酵素分解反応を解析する際に有力な方法論を提供すると同時に、高分子リグニンの酵素分解による有用資源(低分子芳香族化合物)の創出を可能にするものである。
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