全身麻酔の合併症の一つに周術期低体温がある。周術期低体温の一つの原因として、毛刈りや消毒などによる環境への熱放散が挙げられる。小型犬は体重あたりの体表面積が大きいため、熱を喪失しやすい。したがって、小型犬の周術期低体温のリスクは犬の中で特に高く、周術期の体温低下を積極的に予防する必要がある。健常犬を用いた研究では、アミノ酸輸液により全身麻酔中の体温低下を軽減できることが示されている。これは、アミノ酸輸液によってインスリン分泌が誘導され、タンパク質合成が促進された結果、代謝熱産生が生じ、体温低下が軽減されると考えられている。主要な熱産生臓器としては、骨格筋と肝臓が挙げられる。犬の骨格筋細胞では、アミノ酸とインスリンの共在下において、インスリン受容体の下流にあるAkt-mTOR経路が活性化することが明らかとなっている。しかしながら、犬の生体において、同様の機序がはたらいているかは不明である。そこで本研究では、全身麻酔下の犬に総合アミノ酸製剤を輸液するとともに、インスリン分泌抑制作用を持つオクトレオチドを投与し、骨格筋と肝臓のAkt-mTOR経路に対するアミノ酸輸液およびインスリンの関与を検証した。その結果、アミノ酸輸液により、骨格筋ではインスリン非介在性に、肝臓ではインスリン介在性にAkt-mTOR経路が活性化されることが示唆された。 これまで、臨床例の犬におけるアミノ酸輸液の効果については、ほとんど検証されていなかった。そこで本研究では、手術予定の小型犬を対象とし、アミノ酸輸液により麻酔中の体温低下を軽減することができるか検証した。その結果、周術期の小型犬における体温低下を軽減するためには、アミノ酸輸液の実施だけでは不十分であることが示された。そのため、アミノ酸輸液の実施と同時に、温風式加温装置をはじめとする他の低体温対策法を併用する必要がある。
|