研究代表者は、有機合成反応の中で最も基本的かつ重要な反応である炭素-炭素結合形成反応の開発を行った。炭素-炭素結合形成反応は、パラジウムや銅に代表される遷移金属触媒を用いたカップリング反応や、典型元素を用いた求電子-求核反応、およびラジカル反応によって達成されるものが大半である。研究代表者は、これまでに他段階の酸化還元型を示す「酸化還元活性な配位子を有する錯体(NIL錯体)」の特異な物性について興味を持って研究を行ってきた。しかし、反応化学の観点からNIL錯体を見ると、単に酵素反応のミミックとして用いられており、単純な酸化還元反応を達成させるにとどまっていた。今回、NIL錯体を触媒として用いることで、脱水素型クロスカップリング(CDC: Cross Dehydrogenative Coupling) 反応が達成でき、テトラヒドロイソキノリン等の骨格に対するsp3炭素-sp3炭素結合が形成されることを見いだした。酸化剤としては、酸素を常圧下にて共存させることが重要であった。また、当該反応は溶媒条件に対して敏感であった。非常に興味深い点として、研究代表者は、触媒を用いない場合にもジメチルスルホキシドを溶媒として用いた際には、反応がマイルドな条件下にて効率よく進行することを見いだした。このとき、酸化剤としては大気中の酸素を用いる事ができ、非常にクリーンな反応であることが示唆された。高価な遷移金属触媒を用いない炭素-炭素結合反応は近年注目を集めており、遷移金属触媒に変わる有機触媒が開発されているが、未だその能力は遷移金属触媒より劣っており、更なる発展が求められる分野である。そのため当該反応の発見は基礎化学への寄与が大きいと考えられるが、研究代表者の研究設備では微量の遷移金属等の混入を確認することが困難だったため、今後更なる検討を重ねる必要があると考えている。
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