進行性中枢神経変性疾患の発症トリガーには、依然として不明な点が多く残されている。環境中有害化学物質への暴露は、中枢神経変性発症におけるリスク要因の一つと考えられている。近年、鼻腔内の化学物質は、嗅神経を介した嗅覚輸送により、肝薬物分解代謝や血液脳関門をバイパスして嗅球・脳脊髄液へ送達されることが明らかとなった。また、中枢神経変性疾患の発症前段階では、嗅覚異常を呈することがある。嗅覚一次中枢である嗅球は、脳内で最もドパミン神経細胞密度が高く、嗅覚輸送によって常に外界脅威に晒されている。一方、ドパミン神経細胞は、ミトコンドリアストレスに脆弱であることが報告されており、黒質緻密部におけるドパミン神経変性は、パーキンソン病発症につながる。これらは、環境中有害化学物質の嗅覚輸送を介した脳内ドパミン神経変性が惹起されうるならば、初期段階では嗅球にて影響があらわれることを示唆する。 本研究では、ミトコンドリア呼吸鎖阻害性の農薬であるロテノンをマウス鼻腔内へ投与すると、従来の全身投与法に比して短期、低用量にて嗅球ドパミン神経変性を惹起し、パーキンソン病初期症状と同様に嗅覚異常につながることを見出した。さらに、鼻腔内ロテノン投与期間を延長すると、黒質-線条体のドパミン軸索変性が誘導されることが、免疫組織染色により示唆された。黒質緻密部ドパミン神経細胞が黒質網様部に投射する神経突起の染色強度を、定量的解析したところ、鼻腔内ロテノン投与は黒質ドパミン神経細胞の神経突起縮退につながることが明らかとなった。神経突起縮退は神経変性の初期徴候であることから、これらの結果は、環境毒物の嗅覚輸送が嗅球のみならず広範な脳領域においても影響を及ぼすこと、ならびにドパミン神経毒性を有する化学物質の嗅覚輸送がパーキンソン病発症の一因となる危険性を示した。
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