本研究では、脂質代謝を標的とした膵癌治療の新規開発を目的として種々の検討を行った。 脂質代謝には多様かつ複雑な経路が存在しているため、始めに膵癌細胞の増殖において最も重要な脂質代謝経路を同定するために、各種脂質代謝阻害剤を用いて膵癌細胞増殖能や生存に対する影響について検討を行った。阻害剤としては、脂肪酸合成に関与する酵素(Acetyl-CoA carboxylase、脂肪酸合成酵素)の阻害剤であるTOFA、セルレニン、イルガサンを用い、その他にはPPAR作動薬(ベザフィブラート、フェノフィブラート、トログリタゾンおよびロシグリタゾン)やHMG-CoA reductase阻害剤(プラバスタチンおよびシンバスタチン)を、膵癌細胞株にはMiaoaca-2、PANC-1、BxPC-3およびAsPC-1を用いた。 細胞増殖能に関しては、TOFA、セルレニン、イルガサンという脂肪酸合成阻害剤が顕著な抑制効果を示したことから、膵癌細胞増殖には脂肪酸合成経路が重要であることが示唆された。 また、これらの阻害剤の中でも、特にTOFAの増殖抑制効果が最も顕著であったことから、TOFAによる膵癌細胞株へのアポトーシス誘導効果について、Annexin Vおよび7-ADDによるフローサイトメーター解析、ウエスタンブロッティングによるPARP断片化検出およびカスパーゼ3活性測定により評価を行った。その結果、TOFAはMiaoaca-2、BxPC-3およびAsPC-1に対して有意なアポトーシスを誘導した。一方、PANC-1においては有意なアポトーシスは観察されなかった。これらの結果から、脂肪酸合成経路の阻害は膵癌治療のおいて有力な標的になる一方、耐性を示す細胞株も存在することから、今後はより詳細な作用メカニズムの解明および耐性のメカニズム両方の解明が必要であると思われる。
|