研究実績の概要 |
エンドサイトーシスの進展において各素過程を担う分子群は秩序正しく働く必要があり、ホスホイノシチドはこれら分子群の膜動員に重要である。本研究課題では、膜脂質の分布解析に優れた特徴のある「急速凍結・凍結割断レプリカ標識法」(QF-FRL)を応用し、ホスホイノシチドの分子種と分布の経時的変化を明らかにすることを目的に研究を遂行した。 本年度は、膜陥入形成に重要とされるホスファチジルイノシトール(3,4)二リン酸(PI(3,4)P2)の可視化に取り組んだ。種々のホスホイノシチドを含むリポソームレプリカを調製し、PI(3,4)P2への結合が報告されているTAPP1 PHドメインのリコンビナントタンパク質とPI(3,4)P2に対する特異的抗体のそれぞれについて結合能を調べたところ、いずれもがPI(3,4)P2を強く標識し、他の脂質に関してはPI(3,4,5)P3を相対的に弱いが有意に認識することが明らかになった。 次に、PI(3,4)P2の発現量を増加させる条件であるH2O2処理を施した哺乳類細胞からレプリカを調製し、PI(3,4)P2の細胞内分布を検索した。PI(3,4)P2の標識はH2O2処理特異的に細胞膜において増加し、PI(3,4)P2結合能を欠くTAPP1変異体をプローブとして用いた場合には認められなかった。以上より細胞由来サンプルにおいてもPI(3,4)P2の標識が可能だと考えられる。 QF-FRLによりこれまでPI(4,5)P2、PI(3)P、PI(3,5)P2の特異的標識法を確立しており、今回開発したPI(3,4)P2の標識法と併用することにより、膜陥入の各過程における分子分布の変化が解析可能になった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
PI(3,4)P2の細胞内分布はこれまでほとんど明らかでなく、本研究においてQF-FRL法による特異的標識を達成できたことは大きな前進である。エンドサイトーシスへの関与が示唆される他のホスホイノシチドに関しても、並行して進めてきた特別研究員奨励費の研究課題と併せ、標識法をほぼ確立できた。PI(3,4)P2産生の前駆体となるPI(3,4,5)P3の標識法に関しては現在検討中であるが、これらの手法を組み合わせることによって研究目的であるエンドサイトーシス過程の膜脂質動態を解析するのに充分な環境が整うものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
PI(3,4)P2に引き続き、前駆体であるPI(3,4,5)P3についても特異的標識法の確立を目指す。具体的には、PI(3,4,5)P3への結合が報告されているAktやBtkなどのタンパク質のリコンビナントタンパク質を調製してリポソームレプリカに対する反応性を解析する。 また、本研究の計画段階においては、主な解析対象としてクラスリンエンドサイトーシスのみを想定していたが、最近の報告により様々な様式のエンドサイトーシスにもホスホイノシチド分子種の移り変わりが重要であることが明らかになってきた。これを鑑みて、同様の解析を他のエンドサイトーシスに関しても行う予定である。特に、種々の病態形成に関わるマクロファージやミクログリアのファゴサイトーシスに注目している。ファゴサイトーシスはパルスチェイス的に誘導ができるため経時的に観察しやすい利点があり、さらに他のエンドサイトーシスと比較して膜陥入部位が極めて大きいため、ホスホイノシチドの分子種と分布の変化を解析するのに適していると考えている。
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次年度使用額の使用計画 |
エンドサイトーシスに関わるホスホイノシチドのうちPI(3,4,5)P3に対する標識を可能にするため、既知の結合タンパク質をリコンビナントタンパク質として調製し、また脂質特異的抗体を購入して標識条件の検討を行う。次にファゴサイトーシスを誘導可能な哺乳類細胞株を用いて、ファゴサイトーシスの誘導条件と実験のタイムコースを確定し、各種のホスホイノシチド標識法を適用して細胞内分布の解析を行う。並行して、脂質代謝遺伝子のノックアウトマウスを交配し、実験に必要な個体数を確保したうえで、動物個体内における脂質分布の解析を行う。動物の購入と維持に必要な費用が加わったこと、また年度途中に名古屋大学から東京大学に研究拠点を移したため、電子顕微鏡解析に必要な器具と試薬のセットアップが必要になったことなどから、これらに対し比較的高額の支出を予定している。また研究成果の発表のために学会参加する費用を計上する。
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