気管支敗血症菌 (B. bronchiseptica)は、百日咳菌 (B. pertussis) と遺伝学的に近縁でありながら、宿主特異性や感染病態が明らかに異なる。この違いは宿主に感染した際に発現する細菌側の遺伝子パターンの違いに依拠すると考え、気管支敗血症菌が宿主の気道に感染している際に発現する遺伝子を同定する方法を開発し、感染中に発現が亢進する289の遺伝子領域を同定した。本研究では、それら遺伝子領域の中から、I型分泌シグナル、細胞傷害毒のモチーフを含むRTXドメイン、さらにインテグリンに認められるIg繰り返し配列からなる遺伝子に着目し機能解析を行った。
変異体解析の結果、本遺伝子産物がin vitroにおけるプラスチック基質表面への接着とバイオフィルム形成において重要であることを明らかにした。付着因子として機能することが考えられたこの遺伝子をbrtA (Bordetella RTX-family Adhesin)と名付けた。brtA欠失株は野生株と同等にラットの気道に定着したため、宿主感染時におけるBrtAの役割は不明であるが、感染時に発現が明らかに上昇することから、ボルデテラ属細菌の感染時にこの分子がなんらかの寄与をしていると考えられた。
ボルデテラ属細菌は、外環境応答機構である二成分制御系に属するBvgASが活性化し (Bvg+相)、宿主感染に重要な病原性因子が発現する。このため、 ボルデテラは宿主感染中においてもBvg+相として生育しており、 BvgASが不活性化している状態(Bvg-相)において発現が上昇する遺伝子は宿主感染時には発現せず、病原性や感染には重要でないと考えられていた。しかし、brtA遺伝子はBvg-相で発現亢進することが明らかとなった。この事実は、宿主感染中にBvgASによらない、菌の感染に関わる遺伝子発現機構が働いていることを強く示唆している。
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