研究課題
炎症は、内外のストレスに対する生体防御反応であり、この制御メカニズムの破綻は、様々な病態、疾患の原因となる。慢性炎症は、生活習慣病や癌など各種疾患に共通する基盤病態として重要視されているが、その実体には不明な部分が多い。遺伝子の発現制御は生命現象において最も重要なイベントの一つである。転写は、遺伝子発現を制御する中心的な過程の一つとして、古くから精力的に研究が進められており、この制御機構の異常が種々の疾患の原因となることが広く知られている。慢性炎症の場においても、過剰に産生された炎症性サイトカインが、種々の細胞の転写制御機構を撹乱し、これが慢性炎症の病態形成の一因を担うと考えられている。近年の研究により、転写制御には古典的な転写開始前複合体の形成過程のほか、エピジェネティクス制御や、転写開始後伸長過程の制御が重要な役割を担うことが明らかになっており、これらの生理的意義や、病態との関わりにフォーカスした研究が注目を集めている。我々は最近、過剰産生された炎症性サイトカインによって activation-induced cytidine deaminase (AID)の異所的な発現が誘導されることや、ピロリ菌感染に伴う胃癌や大腸炎関連大腸癌など慢性炎症を伴う種々の癌でAIDの異所的な発現がみられる(Marusawa et al, 2011 Adv Immunol)ことなどに着目し、異所的に発現したAIDが、遺伝子のメチル化されたプロモーター領域に作用して低メチル化を引き起こし、正常な遺伝子発現制御を撹乱することを明らかにした(Isobe et al, 2013 FEBS Lett.)。現在、我々はこの慢性炎症の場におけるエピジェネティクス異常のモデルなどをもとに、エピジェネティクス制御や転写伸長過程の生理的意義の解明や医療の場への応用を目指している。
2: おおむね順調に進展している
前記のように、近年の研究により、転写におけるエピジェネティクス制御や、転写開始後伸長過程の制御の重要性が指摘されている。この背景として、NGS(次世代シーケンサー)解析を始めとした新技術の普及が挙げられる。NGSによる大規模情報の解析は非常に強力な研究ツールである一方、得られた膨大なデータの解析処理技術、評価の方法などは未だ議論が絶えない。「研究計画」に記したように、この解析法、評価法の整備は本研究の遂行にも必須の課題である。我々は九州工業大学生命情報工学講座との共同研究により、この問題に当たっている。その成果の一環として、NGSによるshRNAスクリーニング(「研究計画」参照)の評価法として、それぞれのshRNAの倍率変化から算出された統計量(Rank product)を用いることで従来法より高い精度で評価できる明らかにされた。この知見は「冬の合同若手ワークショップ2015」で発表され(飯田ら,2015年2月 渋川市)若手研究者らの大きな反響を得た。また、この評価方法を利用した薬剤の作用機序に関する研究について、今夏の国際学術誌での成果発表を目標に準備を進めている(Tateno et al, 投稿準備中)。また、慢性炎症の病態制御に関する研究として、我々は培養細胞を免疫調節薬(IMiDs)による炎症反応の制御モデルを構築した。IMiDsはハンセン病などへの薬効が確認されているものの、その作用機序等は不明な薬剤である。現在、このモデルを利用してNGSを用いたトランスクリプトーム解析が進行中で、平成27年度中に学会発表で成果報告を行う見込みである(渡邊ら)。平成26年度は、未だ「手軽」とは言い難いNGSによる解析技術の開発に重点を置いたため、研究計画の1年目と2年目で、多少の順番の前後があったものの、上記のように順調に成果があがりつつあることから、このように自己評価した。
「現在までの達成度」の項で記したように、平成26年度はNGS(次世代シーケンサー)解析技術の開発、整備に重点を置いた。この背景として、NGSによるデータ取得後の解析手法は未だ完全にはルーチン化が成されておらず、近年の国際学術誌での報告においても、状況、目的に応じて個々の研究者が独自に定義したパラメーターを採用する例も珍しくない現状がある。目的に応じたNGSデータの解析手法は、未だ世界中で活発に議論が行われているところであり、この解析手法を十分に検証しておくことは、主観や思い込みによる誤報を未然に防ぐ上でも必須の事案である。このため、「研究計画」に記した1年目と2年目の内容の達成度が一部前後した。平成27年度は、「研究実績の概要」に記した、慢性炎症の場におけるエピジェネティクス異常のモデルを用いたNGS解析(「研究計画」参照)を中心にNGS解析に取り組む。また、「現在までの達成度」に記した薬剤の作用機序や、免疫調節薬による炎症反応の制御モデルについても並行して解析を継続していく。
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Nature Communications
巻: 5 ページ: on line
10.1038/ncomms5263.
http://yamaguchi.bio.titech.ac.jp/