精神神経疾患の一つであるうつ病は、疫学的研究より喫煙と密接に関係のあることが指摘されている。タバコ中の生理活性成分であるニコチンは、ニコチン性アセチルコリン受容体 (nAChR) の強力な作動薬である。nAChRのアンタゴニストであるキヌレン酸 (KA) は、トリプトファン (TRP)-キヌレニン (KYN) の代謝産物であり、TRP欠乏食によって、うつ病患者での情動が変化することが近年、報告されている。しかしニコチンがTRP-KYN代謝経路に与える影響は明らかにされていない。本研究は、ニコチンがTRP-KYN代謝経路に与える影響を明らかにし、抑うつ病態の新たな診断・治療法の開発を主たる目的とした。本研究では、以下のことを明らかにした。 1)ニコチン投与後のマウスにおける行動薬理学的解析とTRP代謝産物の動態(基礎データ)。マウスに生理的条件でニコチンを摂取させたのち、摂取中断後と中断して15日後に抑うつ様行動について、調べた。またニコチン投与によって、血中のTRP代謝産物が影響を受けるかを明らかにした。 2)妊娠期ニコチン暴露ならびに成長後の慢性炎症による行動変容とTRP代謝産物の動態。成体へのニコチン単独投与だけでは、ヒトのニコチン依存状態を模倣することが困難であると考えられたため、ニコチン感受性がより高い神経発達期のニコチン暴露がTRP代謝に及ぼす影響を明らかにし、さらに成長したマウスで炎症が惹起された時、抑うつ様の行動障害が誘発されるのかを行動薬理学的手法を用いて検討した。 本研究では、ニコチン投与によって、TRP-KYN代謝が影響を受けること、さらに胎生期ニコチン暴露によって引き起こされる情動障害が成長後の炎症反応によって抑うつ病態へと発展する可能性を示した。さらにセロトニン経路とは独立した神経毒性を有するTRP代謝産物がうつ病の病態に関与している可能性を示唆した。
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