羊水塞栓症は分娩中あるいは分娩直後に呼吸・血圧の低下や血液凝固障害を発症する疾患であり、発生頻度は低いものの致死率が極めて高い。本疾患の原因は母体循環への羊水流入と考えられている。羊水の血管内流入により、母体血中の補体活性化に伴うアナフィラトキシン(C3a、C5a)の産生が起こり、これらによって肥満細胞内の化学伝達物質が細胞外に放出され、アナフィラキシー反応を来たすといわれている。本年度は羊水の血管内流入による補体経路の活性化の有無と、血液凝固関連物質への影響について明らかにすることを目的とし、実験動物を用いて検証を行った。 非妊娠、妊娠初期、妊娠中期、妊娠後期の各期間のラットに対し、異なる系統の妊娠ラットから採取した羊水を静脈投与した後、一定時間後に採取した血液を試料として、補体C3およびC5の分解産物であるアナフィラトキシン(C3aおよびC5a)、補体経路の活性化を抑制するC1エステラーゼインヒビター(C1INH)のほか、フィブリン血栓の前駆体であるフィブリノゲン、およびフィブリン血栓の形成・分解を示すD-ダイマーについて、ELISA法にて測定を行った。その結果、C3aおよびC5a、C1INHは妊娠週数の経過および羊水投与による有意な変動を認めなかったことから、羊水の血管内流入によって補体経路の活性化が生じる可能性は低いことが示唆された。一方、羊水と血液凝固関連物質の関係については、フィブリノゲンではいずれの期間においても羊水投与による変動を認めなかったが、D-ダイマーはすべての妊娠期間において羊水投与による有意な増加を認めた。このことから、羊水の血管内流入は血液凝固作用を促進させ、血管内でのフィブリン血栓の形成を生じさせる可能性が示唆された。
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