研究課題
恐怖記憶は、恐怖体験によって獲得されると長期間にわたって保持される。しかしその後、恐怖を感じる必要がない事を学習すると恐怖記憶の消去が起こる。恐怖記憶の機序にはセロトニン(5-HT)が関わっている事に着目し、遺伝子改変マウスを用いて5-HTの作用機序の解析を行った。恐怖条件付け行動試験によるマウスの行動解析により、5-HT3受容体KOマウスでは、恐怖記憶の獲得や保持に関しては正常であるが、消去のみが障害されている事を見出した。さらに恐怖記憶に関わる行動解析を展開し、恐怖記憶の消去の特性の1つであるrenewal効果が5-HT3受容体KOマウスでは見られない事を見出した。この結果より、恐怖記憶の消去のプロセスにおけるコンテクスト特異性に5-HT3受容体が重要である事が明らかとなった。次に、5-HT3受容体KOマウスの脳の組織形態的解析を行った。Kluver-Barrera染色などを用いた脳の組織レベルでの解析では、恐怖記憶の消去に関わる海馬や扁桃体、前頭前野には明らかな形態学的な異常が見られなかった。恐怖記憶の消去には、海馬の神経新生の関与が報告されており、続いて海馬歯状回における神経新生について解析した。BrdUによる分裂細胞の標識法と神経新生の分子マーカーを用いた免疫組織学的手法により、5-HT3受容体KOマウスでは、海馬歯状回における細胞増殖や神経新生が、野生型マウスと比較して、同程度であり差がない事が明らかとなった。一方、運動には恐怖記憶も含めた記憶学習能力の向上効果や抗うつ効果、海馬神経新生の促進作用がある事が知られている。これらの効果に5-HTが関与している事に着目し、更なる解析を展開した。そして、5-HT3受容体KOマウスを用いた海馬の組織学的解析と行動解析により、運動による海馬神経新生の増加や抗うつ効果に5-HT3受容体が必須の働きをしている事を見出した。
2: おおむね順調に進展している
5-HT3受容体KOマウスの行動解析については、恐怖条件付け試験を用いて詳細な解析を展開し、恐怖記憶の消去に関する5-HT3受容体の役割を見出した。また、5-HT3受容体KOマウスの脳の組織学的解析では、恐怖記憶に関わる脳部位の組織形態を観察し、また主に海馬の神経新生に関する免疫組織学的解析を進め、結果を得ている。さらに、運動が引き起こす記憶や情動機能の変化に着目し、運動による海馬の神経新生や抗うつ効果などの脳の組織形態変化や行動変化にまで解析を展開し、大変興味深い結果を得る事ができた点は、当初の計画以上の展開であった。
これまでの実験を続行しつつ、以下の実験を開始し、進めていく。遺伝子改変マウスを導入して脳の組織形態学的解析および行動解析を進め、記憶や情動に関わる更なる解析を展開する。海馬における神経新生とセロトニンとの関連について解析を進める。海馬や扁桃体や前頭前野における記憶や情動に関わる遺伝子発現の変化を解析し、5-HT3受容体KOマウスで特異的に発現が変化する分子の同定を進める。
実験用マウス、組織学的実験で用いる薬品・試薬及び実験器具の一部を次年度に購入し、使用する事となったため。また、研究の全体に要する研究費の範囲内であり、次年度に使用計画通り使用する予定である。
実験用マウスの購入、薬品・試薬の購入、実験用器具の購入、学会参加費、研究の打合せのための交通費、研究成果投稿料・論文別刷り代に使用する。
2014年11月19日 日刊工業新聞掲載セロトニン3番受容体、海馬の神経細胞を作る働きに関与
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