研究課題
Wntシグナル経路は高等真核生物において種を超えて保存されたシグナル経路であり、細胞の増殖や分化、細胞運動や極性など多彩な細胞機能を制御している。Wntシグナルは個体の発生過程および成体の組織幹細胞の増殖や分化過程において重要な役割を担っているが、唾液腺上皮組織の発生および再生におけるその生理的意義は明らかでない。そこで、Wntシグナルが唾液腺上皮組織の発生を制御する機構を解明することを目的としている。マウス胎児唾液腺原基を胎生13日目に摘出し、間質組織をディスパーゼにより除去後、基底膜基質ゲル(マトリゲル)内に上皮原基を埋入して培養する上皮単独培養系をin vitroで唾液腺上皮の形態形成を再現する培養系として用いた。この培養系において、Wnt分泌阻害剤存在下では形態形成(伸長と分岐)が抑制されたことから、唾液腺上皮から分泌されるWntリガンドが形態形成に重要な役割を果たすと考えられた。Wntシグナルにはβ-カテニン経路とβ-カテニン非依存性経路が存在する。そこで、唾液腺上皮に対して、β-カテニン経路を活性化するためにWnt3aまたはGSK-3阻害剤、および、β-カテニン非依存性経路を活性化するためにWnt5aで刺激し培養したところ、β-カテニン経路を活性化すると形態形成が促進した。唾液腺上皮は腺房と導管から構成されており、導管においてβ-カテニン経路の標的遺伝子の発現が高かったことから、導管においてβ-カテニン経路が活性化されていると考えられる。β-カテニン経路を活性化すると導管において、唾液腺上皮組織前駆細胞のマーカーであるサイトケラチン5陽性細胞数の増殖能が促進していた。これらの結果から、Wnt/β-カテニン経路が前駆細胞の増殖を介して、形態形成を制御すると考えられる。
2: おおむね順調に進展している
これまでにWntシグナルが唾液腺上皮組織の発生を制御する機構について検討した先行研究では外因性に阻害剤を用いた影響について検討するという研究のみであり、生理的な意義について検討されていなかった。Wntシグナルにはβ-カテニン経路とβ-カテニン非依存性経路という2つのシグナル伝達経路が報告されている。平成26年度内に、内因性のWntシグナルが唾液腺上皮組織の発生に果たす役割を見いだし、β-カテニン経路が前駆細胞の増殖を介して形態形成を制御するという、Wntシグナルが唾液腺上皮組織の発生を制御する新たな機構の一端を明らかにした。
今後は、in vitroの実験系で行った結果をin vivoでも検証することを計画している。すなわち、β-カテニン非依存性経路のリガンドの一つであるWnt5aのノックアウトマウスでは胎生期の唾液腺、舌、および顎骨に顕著な低形成が認められるため、Wnt5aノックアウトマウスから唾液腺上皮を胎生13日目に摘出し、コントロール群と比較する。薬剤誘導性安定型β-カテニン発現マウス由来の唾液腺上皮単独培養を行い、上皮組織形態形成の違いについて対照マウスと比較する。これらの遺伝子改変マウスは申請者の所属する研究室において既に作成済みであり、検証を開始している。これまでの研究結果から、β-カテニン経路を活性化すると形態形成(伸長と分岐)が促進することが明らかとなったが、平成26年度内は主に唾液腺上皮導管における影響について検討したため、平成27年度は腺房細胞の運動・増殖・分化に与える影響についてKi67の免疫染色や各種の腺房分化マーカーの遺伝子発現やタンパク質について検討する。さらに、β-カテニン経路が他のシグナル伝達経路と協調または拮抗することにより形態形成を制御するのか、細胞内シグナル伝達の影響について生化学的手法を用いて詳細に検討する計画である。また、β-カテニン経路を活性化すると発現の変化する下流の遺伝子群をDNAマイクロアレイを用いた網羅的な遺伝子発現解析により明らかにする。
本研究計画では唾液腺上皮の"発生制御因子"を同定することを目的としている。平成26年度内に唾液腺上皮の発生を制御するシグナル伝達経路として、Wnt/β-カテニン経路に注目した。平成27年度に唾液腺上皮の発生を制御すると発現の変化する下流の遺伝子群をDNAマイクロアレイを用いた網羅的な遺伝子発現解析により明らかにし、その遺伝子群の中から発生制御因子を同定することを計画している。再現性の高い結果を得る為に詳細な条件検討を行っていた。このためDNAマイクロアレイを平成26年度内に行えず、次年度使用額が生じた。
唾液腺上皮においてWnt/β-カテニン経路を活性化し、形態学的な分化の確認がとれた唾液腺上皮および既知の分化マーカーの遺伝子発現が上昇した唾液腺上皮からmRNAを精製し、発生誘導前後のmRNAを用いてDNAマイクロアレイを行う。それらの中から唾液腺上皮においてsiRNAまたはshRNAを用いて発現抑制を行い、発生を抑制する遺伝子を"発生制御因子"として同定する。
すべて 2015 2014 その他
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 謝辞記載あり 5件) 学会発表 (1件) 備考 (1件) 産業財産権 (1件)
J. Cell. Physiol.
巻: 230 ページ: 150-159
10.1002/jcp.24693.
EMBO J
巻: 33 ページ: 702-718
10.1002/embj.201386942.
Oncogene
巻: - ページ: -
10.1038/onc.2014.402.
Cell Tissue Res.
巻: 357 ページ: 707-718
10.1007/s00441-014-1918-5.
Stem Cells Dev.
巻: 23 ページ: 2225-2236
10.1089/scd.2013.0405.
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molbiobc/index.html