Wntシグナル経路は高等真核生物において種を超えて保存されたシグナル経路であり、細胞の増殖や分化、細胞運動や極性など多彩な細胞機能を制御しているが、唾液腺上皮組織の発生および再生におけるその生理的意義は明らかでない。本研究ではWntシグナルが唾液腺上皮組織の発生を制御する機構を解明することを目的としている。 マウス胎児唾液腺原基を胎生13日目に摘出し、間質組織をディスパーゼにより除去後、基底膜基質ゲル(マトリゲル)内に上皮原基を埋入して培養する上皮単独培養系をin vitroで唾液腺上皮の形態形成を再現する培養系として用いた。この培養系において、Wnt分泌阻害剤存在下では形態形成(伸長と分岐)が抑制されたことから、唾液腺上皮から分泌されるWntリガンドが形態形成に重要な役割を果たすと考えられた。Wntシグナルにはβ-カテニン経路とβ-カテニン非依存性経路が存在する。そこで、唾液腺上皮に対して、β-カテニン経路を活性化すると導管において、唾液腺上皮組織前駆細胞のマーカーであるサイトケラチン5陽性細胞数の増殖能が促進していた。これらの結果から、Wnt/β-カテニン経路が前駆細胞の増殖を介して、形態形成を制御すると考えられる。 β-カテニン非依存性経路のリガンドの1つであるWnt5aのノックアウトマウスから胎生13日目の唾液腺を摘出し、コントロール群と比較したが、形態にほとんど影響がなかった。薬剤誘導性安定型β-カテニン発現マウス胎生12日目に薬剤刺激した胎生17日目の唾液腺では形態的な腺房分化の抑制に伴い、腺房の極性化および分化マーカーの低下が認められた。また、唾液腺における細胞内シグナル伝達(AKTの活性化)が低下していた。 これらの結果、Wnt/β-カテニン経路がin vitroおよびin vivoにおいて唾液腺上皮組織の形態形成に関与することが明らかとなった。
|