【目的】咀嚼嚥下障害を持つ患者に対し,食形態の改良や誤嚥を防止する目的で姿勢調整が行われてきた.しかし,この姿勢調整は,誤嚥を予防することを目的に行われており,これらの姿勢をとらせた際の咀嚼の行いやすさについては考慮されていない.本研究では,頭頸部の姿勢変化や体幹の傾斜角度により,咀嚼運動様相がどのように変化するかを明らかにすることを目的にした.【方法】顎口腔機能に異常を認めない11名の男性若年健常者(平均年齢25.5歳)を対象にした.被験者には,歯科治療椅子に深く座り,背板から延長して取り付けた板にて頭部を支える姿勢をとらせた.体幹傾斜角は80°(座位)と30°(リクライニング位)を設定した.これらの体幹傾斜角に対し,屈曲なし,頸部前屈60°と頭部前屈10°を設けた.ヘッドレストに取り付けた板に頭部を付けた状態から頭部を前屈方向に60°屈曲させた姿勢を頸部前屈位とした.オトガイ部を体幹方向に近づけて10°前屈した姿勢を頭部屈曲角10°とした. 被験者には,体幹と下顎に標点を貼付し,各姿勢条件において,軟化したガムを自由咀嚼している際の標点の運動様相を,三次元動作解析装置(VICON)を用いて記録し,各姿勢間で比較した.【結果と考察】体幹傾斜角度によらず,頸部屈曲60°のとき,0°のときよりもオトガイは胸骨上切痕に有意に近づいていた.すなわち,頸部が屈曲すると,オトガイ胸骨間距離が有意に短縮した.開口量は変化しなかったが,側方成分が頸部屈曲により減少した.姿勢調整などのために頸部を屈曲させる際には,咀嚼運動に変調をきたす可能性について考慮する必要があることが示唆された.
|