STMを用いた単一分子に対する振動分光法は分子の電子状態の拡がりから分子の形を捉え探針の位置を決定する。しかし、低電子伝導部位をもつような巨大分子系では電子状態の拡がりが複雑になり分子の形を捉えることが難しくなる。そこで、本研究では、原子間力をプローブとしたAFMで的確に分子内の結合部位を捉え、探針位置をより精密に制御することのできるAFM/STM装置を開発し、低電子伝導物質に対する“複合計測による実空間観察に基づいた振動モードの検出”を目標としてきた。 最終年度は、昨年度から引き続き、装置開発の過程で判明した問題点を解消することを試みた。これまで配線増設によって顕著となっていた、低温観察時に生じる寒剤の流れに伴う微振動と測定信号の干渉を除震用の懸架バネのバネ定数を変更するなどして解消できた。一方で、原子間力をプローブとするAFM動作を行うために水晶振動子にマウントした金属探針を使用してトンネル電流をプローブする際に、突発的に電流が変化し探針先端が損傷するという問題に直面した。この現象は、通常のトンネル電流をプローブとする金属探針単体を用いるSTM動作ではこのような問題は生じないため、スキャナ周辺の剛性不足が主な原因と考えられる。AFM動作の安定化のためには振動子のマウント方法やスキャナ周辺にはさらなる改良が必要である。開発した装置のSTM動作には問題なかったことからこの機能を活かし、表面における電子状態密度が大きく変化することが予想できる鉄酸化膜をテストケースとして設定し、研究を遂行した。同量の酸素でも鉄表面を酸化するときに基板温度を変化させることで電子状態の違う構造が現れることを明らかにした。また、鉄酸化膜上へのヘキサンチオール分子吸着の様子をSTMで観察してみると、分子は酸素原子が少ない酸化膜構造の領域に選択的に吸着することが明らかとなった。
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